その日のマスタング家の騒動は妻の一言から始まった。

 

 

 

 

 

夏の計画

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が昇り始めてからぐんぐんと気温は上昇し、

まだ早い時間だと言っても夏特有のしっとりした温度が伝わってくる。

 

パンをトースターにセットして、コーヒーの為のお湯を沸かしながら卵をかき混ぜる。

もうすぐ降りてくるだろう夫の足音に気をつけながら、妻は朝食の準備を続けていた。

 

 

カチャリと開いたリビングのドアにエドワードは顔だけを向ける。

 

「もうすぐ出来るから、新聞でも読んでいてよ」

「あぁ、すまないね」

 

ジュとバターをしいたフライパンに卵を流し込むと、美味しそうな香りが部屋に広がった。

テーブルの上に置かれていた新聞に目を通しながら、

事件の報道ばかりが気になるのはもはや職業病だろうか。

 

トップ記事を読み終わったところで、エドが朝食を運んで着た。

「そうそう、今日買い物に行こうと思うんだ」と話しかけながら。

 

 

「うん?君が買い物に行くのは珍しいね」

 

こうして朝の話に出す「買い物」が近所のスーパーに食料を買いに行くという類ではないと、

それは当然のことだが、エドが自分から買い物に出かけるというのは珍しいことであった。

 

大抵は、幼馴染のウインリィや姉のように慕うホークアイが誘った時やロイと共に出かける時に買い物を済ませる感じなのだ。

 

「何を買いに行くんだい?」

 

妻作のスクランブルエッグを口に運びながら、ロイはエドに聞いた。

隣に座っていたエドは焼けたトースターにバターを塗りながら応える。

 

 

「あぁ、ロジーとマリーの水着でも買いに行こうかと思って」

 

 

 

ドン

 

ダダダ

 

ガチャリ

 

 

 

「あぁ、私だ。すまないが頼まれごとを頼むよ。」

 

 

ガチャリ

 

パタン

 

 

 

「あぁ、エディ今日は休日になったよ。

 さぁ一緒に娘の水着を買いに行こうか」

 

エドは手にしていたトーストを落としてしまいそうになりながら、

一瞬のうちに何かを終えて、いっそ清々しい笑顔を振りまく夫を凝視した。

 

 

「はっ?何言ってんの?」

 

「一緒に娘の水着を買いに行こうといったのだが?」

 

「あんたは仕事だろうがっ!!」

 

「だから、休日になったと言ったではないか」

 

「それがおかしいんだろ?!」

 

 

全く持って話のかみ合わないロイにエドは声を荒げる。

どうしてリビングを出て、戻ってきたら今日が休日になってしまうのか理解できない。

 

「だって考えてもみたまえよ。

 娘の水着を買いに行くという妻を1人にして何が仕事か!

 何が父親かっ!!」

 

「ちょっ・・・ロイっ!!」

 

 

勢いよく軍服の上着を脱いで力説するロイを前にしてエドは焦っていた。

まさか着て海に行くというわけでもないのに、

水着を買いに行くとうっかり油断して口にしてしまった自分が憎い。

この娘馬鹿には言うべきではなかった。

ごめんなさいリザさん。

もう、ロイを止められそうにありません。

 

 

 

 

 

 

「私としてはこのデザインが可愛いと思うのだが」

 

娘を連れて4人で買い物に来たのは某ショッピングモール。

自分が来ようと思っていた財布に優しい子供服売り場ではなく、有名なブランド店。

 

ディスプレイされた「可愛らしい」洋服は、デザインも去ることながら素材にこだわった一級品ばかりだ。

もちろん値段も張るわけで、一着手にしただけでその値札には一体何日分の食費だよというような値が

当たり前のように記載されている。

 

とはいえ、すでにこの店の「可愛らしい」デザインの数々に魅了されている夫にしてみれば、

簡単に「安いじゃないか」と言われてしまうのは目に見えているので諦めざるを得ないだろう。

 

夫も高給取りであることだし、そう買うことのない水着を奮発するのもよいかも知れない。

第一、娘を着飾ることは楽しいのだ。

その点では異論はありはしない。

 

 

はぁと覚悟を決めて、夫の手にしているデザインの水着を見る。

 

胸元にフリルが付いている水玉模様の水着だ。

両脇にいる娘はまだ小さく自分たちの服を選んでいるというのに、

店が子供用に用意している玩具に夢中な様子だ。

 

「色違いもございますよ」と横の棚から紺色の水玉を用意された。

ロイが持っているのが赤。

 

「うぅ〜ん・・・俺としてはこっちかな」

 

エドが見せたのはワンピースタイプの水着だった。

ヒラリと揺れるスカート部分には細いリボンも付いている。

これにも色違いで紺と赤があるらしい。

 

 

どれもデザインは可愛らしいし、夫曰く「娘は何を着ても似合う」らしいので、

選ぶには別の苦労があるという。

ニコニコと店員はどこからどう見ても「親バカ」な2人を前にして、明るく接客を続けていた。

店としても上客には違いなく、妻を褒め、娘を褒めれば夫がお金を落とすのを知っていた。

 

 

「どれもお子様方にはお似合いになられますわね。

 きっと浜辺では皆さん釘付けでしょうね」

 

 

しかし、これはいけなかった。

店員の1人が言うと、ロイは固まった。エドはさぁーと青ざめた。

 

 

「ろっ・・・ロイ?あのな、ロジーもマリーもまだ小さいし・・・な?

 可愛いから見られるってだけで・・・あってだな」

 

 

2種類色違いの水着を持って固まっている夫に妻は必死に声をかける。

その異様な状況に店員は身動きが取れないでいる。

 

 

「・・・・・・釘付け・・・・・」

 

 

ぼそりとロイは呟く。

 

 

「だから・・・それはな・・・」

 

 

「私の可愛いロゼッタとマリアベルの水着姿を見せるだと!!そんなことが我慢できるかっ!!」

 

「だぁ〜からっ!!まだ2人とも小さいのにそんな事気にするなよっ」

 

 

ロイの頭には可愛い水着を着て「パパ〜」と拙い足取りで駆け寄ってくる娘の姿しかなかった。

まるで世界は4人のためにあるとでも言わんばかりの光景。

しかし、考えてみれば海にはシーズンになればどこから現れたのかと言うほどうじゃうじゃと人がいる。

加えて、ひと夏のアバンチュールか何か知らないが馬鹿な男どもも沢山いる。

 

そんな危険な場所に娘と妻を放り込むことなど出来ようかっ!!

 

しかし!!私だって水着姿が見たい。

誰に見せないでも私は見たい。

 

妻と娘と海?最高じゃないか!!!

 

 

「そうか・・・・その手があるか・・・・」

 

「は?ロイ?」

 

 

ロイががしっとエドの肩を掴んだかと思うと、

まったく良い案が浮かんだと今までの絶叫は何だったと言いたくなるような顔をした夫がいた。

 

 

「エディ、夏には海に行こう」

 

「おっ・・・おぅ」

 

ロイの言いたい意味が分からないが取り合えず賛成してみる。

その為の水着選びなのだから・・・。

 

 

「ただし、プライベートビーチだ」

 

「はぁ?」

 

「何処の馬の骨とも知れない奴に君や可愛い娘の水着姿など見せられるかっ!!

 その点プライベートビーチなら誰に見られる心配もない!!」

 

「おまっ!!どこにそんなもんあるっていうんだよ」

 

 

「心配いらない。私が用意するさ。

 あぁ、これで心置きなく水着を選ぶことができるな。

 ・・・ふむ。あぁ、この水着を2種類とも貰おうか」

 

 

 

 

どんどん話を進めていくロイに呆然とするエド。

ロイが用意するといった以上絶対に用意するだろうプライベートビーチ。

 

 

「・・・・市民プールに行くとか・・・言ったら、買い取るとかいいそう・・・・」

 

 

取りあえず、翌週の市民プールで遊ぼうという計画は夫には伝えないことに決める。

しかし、4人でプライベートビーチ・・・それはどうなんだ?

 

 

「はぁ・・・後でウィンリィにでも電話して・・・誘うか」

 

 

 

嬉々として娘の水着を購入している夫を見て複雑な妻はこのあとの事を考えて深いため息を1つ。

 

 

ロイエド子