錬金術で作成したのは小さな発信機。
夫が気付くかどうかは賭けだったけれど、すばやい対応をみれば気付いてくれたらしい。
「あぁ、発信機とは・・・準備がいいことですね」
ベルトに付けていた小さなマイク型の発信機に気付かれた。
パチリと小さな音がして、その存在はヘッセの腕の中でパラパラと砕けてしまう。
「いつから疑っていたんですか?私のことを」
「だって・・・あんたさ、俺のこと知りすぎてるんだもん」
普通、上官の奥方の警護に付く者が下調べをしてくるのはよく分かる。
そこは充分理解できる。しかし、それは前もって警護を行うことが分かっていた場合に限る。
このテロが激化して、そこでの警護依頼ならば充分な時間は取れなかったことだろう。
現に、夫からの連絡はされていなかった。
通じない軍への電話によって彼が本当に軍の人間であるのかを自分で調べなければならなくなった。
これでも元軍属。
夫の立場は軍の将軍職、そうでなくても自分は知らない者をすぐに自宅に上げるような馬鹿ではない。
しかし、連絡が途切れてしまったのならばこちらから仕掛けるしかない。
ヘッセが軍在職者でない場合、犯人である可能性はぐんと高くなる。
むしろ好機であるとも言えるのだ。相手からしっぽを出してくれるなんて。
リビングでの夕食を提案したら、そこは断られた。
まぁ、普通はそうだろう。
続いてテラスでの食事。
和やかな時間が流れてはいるが、彼の検分で忙しかった。
日常の会話に合わせて、1つずつを注意深く観察する。
そう、夫があの黒い瞳の奥で、人の真意を読み取っているように。
作ったシチューを振舞いながら、『田舎の味に似ています』との評価を受け取る。
語られた「故郷に似た味」の話と「東部」のこと。
まぁ、これもよくある話。
だが、これはいけない。
『彼女も小さな坊やを亡くしてお辛かったでしょうが・・・あのアップルパイは皆を笑顔にしますね』
これは彼が犯した最大のミスだ。
「なぁあんた、どこで俺のこと調べたわけ?」
「自分は実際に東部の出身でありますし、前東方司令部司令官殿を尊敬しておりましたので、
奥方さまであられるエドワードさんについてもよく知っているということだけですが」
「でも、あんたが話したチェリスとリゼンブールの話・・・まぁだいたい合ってると思う。
それなりに納得もできるんだけど・・・あんたどうしてマアサさんのこと知ってるんだ?」
銃を下ろす事無くじっとこちらを見ているヘッセの瞳を、エドワードはきつく睨むようにして見上げた。
そう、彼が知りえるはずのない情報。
それを彼は事も無げに言ってのけた。
それが彼の最大のミス。
空気がざわついた外の喧騒と異なりさらに冷えていく。
カチャリと鳴った銃の音にも怯まず、エドワードはさらに見上げるようにして相手を睨む。
「確かにマアサさんは息子さんを亡くしている。でも彼女が自分でそれを語ることなんて在りえない。
ましてや、お店に二度アップルパイを求めたぐらいの客になんて、言うわけがないんだよ!!」
その事故が起きたのは自分たちが生まれるずっと前だと聞いた。
けれど、その話も直接マアサおばさんが自分たちに語るまでには随分と時間が必要だった。
いつも笑顔で明るくて優しく厳しいマアサおばさんは、何より自分に厳しい人なのだ。
自分の悲しみや苦労や不幸を回りにひけらかすような人では決してない。
人の痛みを分かとうとする時、本当に辛い思いを彼女はそっと話してくれた。
それでも生きていけるんだよと。
「どこで調べ上げたか知らないが、俺を嵌めるためにその話を持ち出すあんたが許せない!!」