カチャリ
それは小さな音だった。
けれど周りの雰囲気を瞬時に変えてしまうだけの威力を充分に持っていた。
黒く鈍い光を放つ鉄の塊。
それを軍人が持ち、頭に突きつけるという意味。
まるで映画の一コマに息を止めたように。
「・・・・・・何を話しているのですか?」
金色の太陽と犯行声明にあったエドの髪は舞い上がったホコリに汚れていた。
しかし、軍人たちが見つめるその先でその汚れた金色の髪にゆっくりと銃口が充てられた。
軍人たちは顔色を変え、息を呑むことすら出来ないのではないかという空気の中にいた。
その空気は兵士たちの後ろ側。
さっきまでポンポンと言葉の応酬が続いていた本人から発せられているのだろう冷たい空気。
いや、内側から怒りが競りあがるのを必死に抑えているかのような。
エドワードは当てられた銃口を見る事無く、前を見据えたままだ。
その瞳にはこちらを睨むような夫の顔。
こちらと言っては間違いだろうか、正確には自分の後ろを。
エドは内心で舌打ちをする。
まさかこの状況で自分を捕らえた相手を忘れていたわけではない。
夫の姿を見つけて安心はしたのだけれど、それでもこの場所にいるヘッセを忘れたわけではない。
このやり取りを聞いて呆れてくれれば良かった。
目線の先にいる兵士たちのように口をあけてでも。
そして、そのまま何事も無かったように自分は救助されて、こいつは関係ないと言えればよいと。
こいつの間違いは、「エドワード・エルリックの弱みをロイ・マスタングが握っている」という一点。
・・・まぁあながち間違いとも言えないではないが。
それを正せば以外にあっさりと自分を解放してくれるのではと思った。
結果は、最悪にも逆に進んでしまったようではあるが。
「・・・ルードア・ヘッセすぐにその銃を捨てろ」
語気を荒げるでもなく、反対に押し殺すような声でロイはヘッセに言う。
すぐにでも消し炭にしてやりたい思いを必死に押し込める。
目の前で自分の最も大切な人に銃口を押し当てている相手など名前を口にすることすら嫌気が差す。
だが、今感情に任せて動けばどうなるか。
危険に晒されているのは妻であるエドワード。
失敗はできない。
「どうもマスタング准将殿!!無礼をお許し頂きたい。
私はこの悲劇を終わらせたいのです!!!私は幼い頃の彼女を知っている。
彼女が性別を偽り、軍の狗となった以前からずっと彼女を守ってきたのです。
しかし、貴方はどうか。
後見人という立場を利用し、貴方は女性であるエドワードさんに無体なことをした。
私はそれが許せないのです。
この行い自体を私は正しいとは思っていない。
しかし、この行いを自分が起こさなければ、ずっと彼女は貴方に縛られたままになってしまう。
裁きは受けます。その前にどうか彼女を解放してください」
「何を」
「無体な・・・こと?」
ヘッセの主張は大きく響き、あたりに切々と自分の考えを伝えていった。
それは弱い者の立場に立ち、開放運動を続けている青年の純な主張にすら思えた。
しかし、それに反対する側のロイは直ぐにその主張に対して論じようと声を出した。
続けようとしたその先を遮ったのは。
エドワードに銃を突きつけたままのヘッセではなく。
ロイの傍。
まさに副官の位置であった、リザ・ホークアイからの声であった。
「今、彼は無体な事をと言ったのかしら」
「はぁ・・・確かにそんなことを言ったようっスけど」
カチャリ
ロイは銃を構える音を今度は自分の真横から聞くことになった。
「おかしいと思っていたのです。歳若いエドワード君かどうして貴方を選んだのか」
「あっそれ俺も疑問でした」
冷ややかな冷気はさらに温度を下げていく。
「大体、俺ずっと犯罪じゃないかぁ〜とか・・いえ、すんません」
調子にのって話すハボックをロイはギロリと睨みつけ黙らす。
しかし、ホークアイの銃はエドを攫った犯人ではなく上司であるロイに向けられたままだ。
「きっ君・・・相手はエディを誘拐した者なんだぞ?
そんな者の言葉を真に受けてどうする」
「いえ、彼は実力で諜報部の軍曹にまでなった男ですから。
情報は確かなものかと・・・・どうなのですか?」
「それは・・・・」