【夏休みSSS 21】

 

 

 

 

何やってるんだよ・・・とエドワードは内心思う。

目の前にいる青い集団は一言一言に揺れていた。

 

軍の上官に銃を向けている部下。

しかし、その部下であるはずの彼女の言葉はどこまでも鋭く、

上官であるはずの男はわたわたと構えられた銃に反応する。

 

 

 

「・・・やはりあの男は貴女の夫には相応しくない」

 

同じ目線とは言いがたいが、何を議論しているのかが聞こえてこないこの場所で、

ヘッセはロイに対しての結論を告げた。

 

エドとしては、何故リザがロイに銃を向けているのかを容易に想像できてしまうので、

まったくため息しか出てこない。

 

 

しかし、愛しいことに代わりがないのだから。

 

誰に何と言われても。

 

 

「あのさ。あんたに聞きたいことがあるんだよね」

 

「何でしょうか」

 

銃をその額に押し付けられたままで、エドワードはヘッセに語りかけた。

倉庫の下では下仕官たちがホークアイ大尉を止めるべきか、

マスタング准将に罪を認めさせるべきか動けないでいるらしいが。

 

 

「あんたはどうして俺が美しいとか、そんな風に思うんだ?」

 

それはエドにとって不思議な言葉であったが、

ヘッセにとっては何故それをエドが疑問に思うのかすら分らないというような質問であった。

 

 

「どうしてと・・・だって貴女が美しいことに変わりはない」

 

「それは子どもの時の記憶だろう?」

 

「まさかっ!!貴女が国家錬金術師になってからも、私は何度も貴女に会っていますよ。

・・・・覚えてはいらっしゃらないみたいですが」

 

 

エドワードは記憶力がいい。

それに自信はあった。

けれど、よく覚えていない顔も確かにあるのだ。

 

 

 

「あんたが気に入ってるのはこの髪?瞳?それとも顔のこと?」

 

「貴女の全てが美しい」

 

 

エドワードは瞳を閉じた。

 

その目が追っていた建物の下にいる愛しい人は、瞳を閉じても浮かんでくる。

ふぅと息を吐いて、瞼を開けると今度は横にいるヘッセに目を向けた。

 

 

 

 

「俺ってポロポロだったことがあるんだ。

 髪だって薄汚れていて、この手足もちぐはぐに失っていて、

 目だってきっと淀んでいたと思う。そんな時がね」

 

 

エドは少しだけ笑って言った。

今も十分ホコリで汚れているのだけれど、あの時の比ではないだろうから。

 

 

「でも、そんな時にさ。一人だけ顔を覚えられなかった人がいる。

でも、声だけはしっかりと覚えている人がね」

 

 

 

名前と階級と自分のこれからを指し示す言葉を残して立ち去った大人。

自分の記憶力には自信があった。けれど、覚えられなかった人。

確かに目の前で、自分はその人を見たというのに。

けれど、二度目に会ってすべてを奪われてしまうような黒い瞳に平静を装うのは大変だった。

 

 

 

「その人はさ、俺を美しいなんて思わなかったと思うよ。

ただの薄汚れた、現実を受け入れられない馬鹿な子どもだった俺を知っている。

・・・・だから信じられるんだ」

 

 

ヘッセは確かに自分を見つめているはずのエドワードの瞳に違うモノが映っていることに

初めて気がついた。

そこには愛情や信頼や強さがたくさん詰まっている。

 

 

「あいつは俺自身を見てくれる。

見てくれなんかじゃなくて。最低だった俺を知ってなおその腕を開いてくれた人だから」

 

 

 

 

 

 

【夏休みSSS  22】

 

 

 

 

自分は待ちつづけるだけのお姫様ではいられない。

 

待っているだけなんて、そんなこと出来ない。

 

こんなにも薄汚れていて、ドレスだって着てはいないけれど、踏み出す勇気と度胸だけは持っているから。

 

伸ばした腕の先に貴方がいてくれるなら、

どんな事だって怖くなんかない。

 

 

 

 

エドワードはヘッセを見つづけていた瞳を正面に戻した。

まだ言い合いを続け、リザは的確に夫の頭に銃の照準を合わしているけれど。

 

すぅと息を吸い込んで、叫ぶ。

 

 

「ロイ!!受け止めろよっ!!!」

 

聞こえていた声がピタリと止んで、こちらに振り返ったのを確認してからニコリと微笑んだ。

 

さぁ準備完了だ。

 

 

 

 

命と命のやり取りを始めてから何十年と過ぎた気がするが、

副官の殺気をこれほどまで肌で感じたことがあっただろうか。

 

ドクリドクリと流れつづける血流が煩いほどだ。

 

 

 

「ほっホークアイ大尉・・・銃をしまいたまえよ」

 

「貴方がエドワード君に何をしたのか白状されれば済む事です」

 

「・・・・・・そうしたら最後の気がするんスけど」

 

 

 

繰り返される押し問答のような言葉の応酬。

それも何もかもがあのヘッセとかいう若造の仕業だと思うと、

この雨雲のない空に感謝しつつ燃やしてやろうと考える。

 

けれども、その前にこの強敵である副官の銃をしまわせるのが先だった。

「鷹の目」は伊達ではなく、彼女の照準から逃げられるものがいるのならぜひお会いしたい。

会ってそのコツを伝授いただきたいものだ。

 

 

ロイとリザ、そしてハボックの依然として平行線を行き来している会話は終着点が見えない。

 

 

永遠にも続くかと思われたやり取りを遮ったのは、エドワードの声だった。

 

 

『受け止めろ』と。

そう確かにエドワードは叫んだ。

エドワードが現在捕らわれているのは倉庫の上階。

確かに一人で飛び降りるには危険な高さではあるが・・・。

  

 

 

「なっ!!!」

 

 

振り返った先で瞳に止めたその人は、ニコリと微笑んだ。

 

 

 

「・・・・本気だわ大将・・・」

 

慌てて走り寄っていくロイを呆然と見つめながら、ハボックはそんな風に呟いた。

 

 

 

 

 

 

【夏休みSSS 23】

 

 

 

 

わき目も振らずという言葉をロイは実感していた。

今にも飛び出しそうな妻しか目に入っていなかった。

 

どうしてこうも無茶ばかりするのだ!!

 

 

手を高く上げ、今日ほど錬金術を学んでいた事を感謝したことはない。

 

 

 

走りこんだ落下点と思しき場所。

見上げれば微笑んだままの妻。

両手を広げて、抱きかかえる準備をする。

 

 

 

この間、何秒という世界。

 

 

 

ドサリと腕の中にその重みを感じて、

重力に逆らうでもなく自分も腰を落としてしっかりと抱える。

 

強かに地面に体を打ちつけるが、そんな事に構っていられるほど出来た人間ではない。

 

 

「えっエディ?!!大丈夫かい!!!!」

 

肩を半ば強引に掴んで胸に押し当てられていた顔を引き上げる。

呆然といった表現が適切であろう程に見開かれた顔に一瞬焦りを覚えるが、

「・・・うん」と小さく答えた声に安堵する。

 

 

ふぅと息を吐くと、段々と怒りが湧いてきた。

 

 

 

考えてもみれば、あの高さから急に飛び降りるなんてとんでもない。

ましてや、今は機械鎧の腕や脚ではなく、

生身のそれを取り戻した後(もちろん機械鎧であっても危険ではあるが)だ。

 

「まったく君は!!私が走りこめたから良いようなもので。

あんな無茶は止めてくれっ寿命が縮んでしまう・・・」

 

 

 

腕中の妻の暖かさは久方感じていなかったもので。

失う怖さとまるで表裏一体に存在しているもので。

何よりも自分にとって愛しいと感じる存在である。

 

 

 

「・・・これって錬金術使ったのか?」

 

「うん?あぁ…空中の酸素とまぁその他のモノで空気抵抗を少し弄った。

とっさのことでどう作用したのか分らんが」

 

 

妻が腕の中で思案顔をしていたのは錬金術が絡んでいるかららしかった。

まったく・・・こちらの事を少しは聞いているのだろうか。

 

 

「聞いているのかい?飛び降りるのも失敗していれば、どうなったことか」

 

「・・・だって、ロイがいてくれただろ?

 でなかったら無茶はしていないよ。ほらっ俺無事だし」

 

 

 

へへっと笑いながら、腕を伸ばした所作はやはり可愛らしく、

どう怒ったところで自分の負けは確定しているらしい。

「惚れた弱み」とはよく言ったものだ。

 

 

 

 

 

【夏休み SSS 24】

 

 

事態は急速な解決を見せた。

というのも、人質となっていた人物自らが飛び下りるという荒業を披露し、

人質を盾にされていたからこそ踏み込めないでいた者たちが一斉にその仕事を遂行したからだ。

 

何よりも大きかったのは、エドワードが行った壁を破壊するという練成による産物であった。

 

 

そのまま逃げるつもりで壁を破壊したに過ぎなかったエドワードではあるが、

その壁の崩落のお陰で内部の状況は外から一目瞭然見てとることができた。

 

そうなれば、「鷹の目」の異名を持ち、

上官である男からも恐怖の対象として認識されているリザ・ホークアイ大尉にとっては

何とも簡単に目的を補足することが可能となった。

 

 

エドワードが飛び下りたことに驚きはしたが、横にいた男がフルスピードで横を駆けていったし、

何よりあの愛妻家である男がよもや妻を受け取り損ねる事など

転地が引っ繰り返ってもあり得ないとさえ思うので、そちらは任せることにした。

 

 

視線を上げれば目の前からヒラリと落ちてしまったエドワードに対して

手を伸ばしたまま固まっている男がいる。

リザは上司に構えつづけていた銃の照準を合わせ、固まっている男の右手を正確に狙い打った。

 

 

その銃弾はヘッセの持っていた銃にあたり、ガンッという音を立てて、

銃までがエドワードの後を追うようにして地上へと落ちていく。

 

 

その音を合図にしたかというように、兵はヘッセの拘束に成功したというわけだ。

 

 

 

 

「あぁ・・・っとに目の毒っスよね」

 

落ちてきたエドワードをしっかりと抱きしめている上司を前にして、

下官に指揮を与えつつハボックは呆れたように呟いた。

 

 

「まぁ、しばらく振りの再開ですもの。

・・・しかし、あの様子ではルードア・ヘッセの言った事も真実として処理したい気分ね」

 

「・・・・俺、上官が犯罪者っていうの嫌なんスけど」

 

 

 

あからさまに目を背けつつ事後の処理を続けている部下たちが心底可哀相になりながら、

ハボックは頭を掻いた。

 

 

まるで世界は自分たちの為にあるという雰囲気を作り上げている上官夫妻を無視するようにして、

倉庫の上階から縛り上げられたヘッセが連れて来られた。

 

 

「おまえもさぁ・・・もっとマシな方法を選べよな」 

 

ロイエド子