「彼女は・・・・・エドワードさんは・・・・・・・」
両腕を後ろに縛られた状態で連行されていくヘッセにはどう映っているのだろうか。
崩れた倉庫からの瓦礫が散らばる場所ではあったが、
そこに座り込みながらも腕に大切そうに妻を抱きかかえている男のこと。
単身飛び降りるという荒業を披露したことで夫に叱られ、
それでも「ごちそうさまです」と呟かずにはいられないような台詞を平気で言い放っている女のこと。
「エドワードさんは、きっと・・・・弱みを握られ、それで・・・・だから、僕は・・・僕は」
エドワードに突きつけていた銃は既に押収され、引き摺られるままに足を動かしているヘッセ。
ぽつりと話される言葉には信じられないという音が多分に含まれている。
「彼女を・・・救えるのはきっと・・・私だけ」
この男も、道を誤っていることは確かなのだけれど、
それでも信じた道をひたすらに歩いてきたのだろうとハボックは思う。
東部の田舎から中央の軍部に入るというのは中々に大変なことだ。
しかも、エドワードが国家錬金術師になった頃から軍部への道を進んだというならば、
その実績はまだ10年にも満たない。
例え、それが惚れた女のためという理由だとしても。
もしかしたらすごい事なのではないだろうか。
「ごめん!!!ちょっと待って・・・・!!」
ドカッと音が響いて、瓦礫向こうからエドワードが走りよってくるのが分かった。
音の正体は夫であるロイ・マスタングを殴りつけた音であるらしい。(呻く声が聞こえる)
「・・・・・大将・・・旦那の扱いが酷くないっスか」
「いいんだよっ全くこんな所で何しようっていうんだ?!あの馬鹿・・・。全然離そうとしないんだぜ。
っと・・・・俺、ヘッセに話が・・・あるんだ」
走りってきたエドワードは息も乱さずに先ほどの音の経緯を説明した。
どうやら、久しぶりに会った妻に我慢できなくなった旦那が往来でありながら手を出そうとしたようで、
妻からの熱烈な反撃を受けてしまったらしい。
ハボックはため息を漏らしながら、「おいっ」と横で連行されていくヘッセを引き止めた。
ヘッセを連行していた下仕官は敬礼をした後その場を立ち去り、それをハボックが引き継いだ。
乱れてしまった金色の髪を手で梳くようにして直し、ふぅと息をついてからエドワードは話はじめた。
「・・・あのさっ無理やりどこかに連れて行かれたり、薬を使われたりはさっ、そりゃ腹も立つけど、
でも、あんたが俺のためにこんな事をしたっていうなら・・・
やっぱり俺にも原因があるんだと・・・思うんだ。
俺は、あんたが思っているような綺麗な人間でも完璧な人間でもない。
それだけは知っててもらいたいんだ。
空がキレイだったら嬉しくなるし、洗濯物の香りが気持ちいいし、午後のおやつがドーナッツだったら
もう最高だとか思えちゃうぐらいな人間なんだよ。」
へへっと照れるように笑いながら、エドワードは話す。
自由が利かないヘッセは、それでもエドワードの声を逃さまいというように静かに耳を傾ける。
そんな一つ一つの言葉が、エドワードの心からの言葉で、それにはやはり力があるとハボックは思う。
20歳前のまだ幼さを残す女が、きっとこんな風に自分を語ったりはできないだろう。
自分の若い頃を振り返っても、そんな風に話すことは出来ないだろうなと内心そっとそう思う。
「・・・でも、確かにあんたが見てた【エドワード・エルリック】は何処か必死だったろうし、
今みたいに空を眺めて嬉しくなるような余裕もなかったんだと思う。
もし、そのせいであんたが『助けなきゃ』と思ってくれたとしたんだったら、
その事に俺はお礼がいいたいし、『もう大丈夫だよ』って言わなきゃいけないんだ」
エドワードが穏やかに笑った。
確かにそんな笑い方をエドワードがするようになったのは、ここ最近のこと。
必死な形相で走り続けていたあの場所から、やっと解き放たれたことで出来るようになった表情だ。
柔らかく、幸せそうに、心から笑うことができるようになったエドワード。
ヘッセはエドワードの方を見たままで、その視線を動かそうとはしない。
「俺には支えなんていらないって強がっていたけど、気付かないだけで支えになってくれた人は
たくさんいたんだ。その事に気付いたのは最近だけど。
・・・・そんな中の1人がロイだったんだ。ちょっと悔しい気もするけど・・・さ。
国家錬金術師の道は俺が歩まないといけない道だった。それは今でもそう思っている。
辛かったり、苦しかったこともあるけど・・・・俺、今が幸せなんだ。とっても。」
「やっぱり貴女は・・・・僕にとって太陽のような人です。エドワードさん」
幸せだといったエドワードが笑った。
その顔をみて、ヘッセもゆっくりと笑う。
「・・・・すみませんでした、ご迷惑ばかりをかけてしまって。
マスタング准将が貴女の弱みを握っていたなんて、まったく見当違いだったんですね。
本当に、すみませんでした」
後ろをハボックに押さえられたままでヘッセは深く頭を下げた。
愛妻の鉄拳から立ち直ったロイがこちらに近づいたのを見て、ヘッセはロイに対してもその礼を尽くす。
護送車の準備も整い、ホークアイがそちらにヘッセを誘導しようとした時に、
エドワードが声をもう一度かけた。・・・・・ニヤリと笑って。
「あっ・・・でも、ロイが俺の弱みを握ってて、それで結婚を決めたっていうのは間違いじゃないんだ」
その声に凍りついた男が1人、咥え煙草を取りこぼしたのが1人、銃を構えたのが1人。
「えっエディ・・・・?!」と凍りついたままでどうにか声を発したロイ・マスタング。
あちゃ〜とばかりにヒヨコ頭を掻いたジャン・ハボック。
「どういうことかしら」と銃に手を伸ばし、その銃口は明らかに上司の頭を狙っているリザ・ホークアイ。
そして、ゆっくりとエドワードの顔を見なおしたルードア・ヘッセ。
それぞれの顔を見回し、にっこりと笑ったのはエドワード。
「うん。俺、ロイに弱みを握られてるから結婚したんだ。
・・・・俺は、この男に心底惚れてるから。これって最大限の弱みじゃねぇ?」
最後まで、これですかとハボックは脱力したが、それでもヘッセは嬉しそうに笑った。
「貴女が幸せだと分かったなら、もう僕にはそれで充分です」
妻の言葉に夫が有頂天になったのは言うまでもなく、
再び抱きついたロイに対して、ホークアイの銃がとうとう火を吹きその場を収めたことも、
言うまでもない話。
後日、愛妻の告白に気をよくしたロイ・マスタングはルードア・ヘッセの罪が軽くなるように取り計らった。
それはもちろん愛妻からの願いを聞き入れた形によるものだという。
また、リザ・ホークアイはヘッセの諜報能力を高く買い、ロイ・マスタングの素行調査を依頼したとか。
・・・それはロイの知るところではないらしい。
ともかく、 めでたしめでたし というところ。