■ 寝ぼけ眼 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が朝日を昇らせる前に段々と明るくなり始めた。

日中の暑さが嘘のようにどこかひんやりとした空気。

 

鳥たちの目覚めよりも早く、ごそりと動く影があった。

 

 

 

「う〜ん・・・・っロイ?」

 

確かに横で眠っていた体が起こされる事で、

エドは無理やりに覚醒させられた。

 

ごにょりと身体を動かした妻に、顔を近づけて、

「すまない・・・起こしてしまったね」とロイは額に浅くキスを贈った。

 

 

「あっそか・・・出張だっけ・・・・ごめん、すぐ起きるから」

 

 

何日か前に北部への出張の話を聞いていた事をエドは思い出し、

それ故にロイが早朝から起き出しているのだと推測した。

 

その推測は外れる事無く、確かにロイは本日からしばらく出張ではあるが、

ロイは自分の仕事の為に愛する妻に無理を強いることはできず、

昨日もわざと「明日が出張である」と念を押す事はなかったのであった。

 

しかし、同じ寝床である為に、結局は妻を起してしまったことを少しだけ残念に思いながら、

それでも起きてくれた事を・・・・少しだけ嬉しく思ってしまった。

 

 

「ふぁ〜・・・・何時出だっけ・・・あぁもしかして・・・もう時間ない?」

 

「気にしなくていいよ。朝食はハボックが用意しているし、

 エディはもう少し休んで・・・・私はこれで行ってくるから」

 

ベッドから起き出した妻を遮るようにして、キスを再び贈る。

それをくすぐったそうに受けると、

可愛らしい唇でエドはロイの額にキスを返した。

 

 

「・・・・あっと、待った。

 お姫さまには・・・・言った?・・・・わけないか」

 

「やはり言うべきなのだろうか・・・・」

 

 

 

お姫さまというのは、もちろん2人の愛娘ロゼッタとマリアベルのことだ。

2人が眠っている子ども部屋は、ドアが続いている隣にある。

 

きっとまだ夢心地であるだろう娘をこんな時間に起してしまうことは、

ロイとしてもエドとしても可哀相だと思うのだ。

 

 

しかし、以前の出張でも同じくロイが早朝に出かける時に、

声をかけずに出かけたわけで・・・・。

目を覚ましたお姫様は、ポトポトと大粒の涙を溢し、

「「パパぁぁぁぁ〜」」とそれは大きな声で泣いてしまったのである。

 

夜になっても次の朝になっても帰ってきてくれない父親に、

涙の止まらない娘たちは「パパがいない、パパがいない」と母であるエドをとても困らせた。

いつも聞き分けがよく、とても愛らしい子ども達がこんなにも泣き出すとエドは思っておらず、

それはまた出張に出かけていたロイもそうであった。

 

 

ロイが帰ったとき、泣きながらロイの胸に飛び込んだ娘を見て、

それはもう驚いたのは言うまでもなく。

泣き続けた娘のためにエドもヘトヘトになってしまっていた。

 

 

 

自分を探しまわって、泣いてくれた娘が可愛くてしかたなくて、

それでも、どれだけ寂しい思いをさせてしまったかを考えれば、

ロイはとても複雑な思いになった。

 

 

 

「やはり・・・・行ってきますは言うべきだろうか」

 

「まぁな・・・・少しでもロイの声で言ってやれば気が納まるかも知れないし」

 

 

 

ロイは音が出ないように注意を払い、

続き部屋になっている娘の部屋へのドアを押した。

 

薄暗い室内には、小さなベッドがあって、

ふわふわのぬいぐるみを抱きしめて眠る2人の姿があった。

 

 

 

くぅくぅと聞こえる寝息もその丸まった姿も、

愛らしく可愛らしく。

まさに天使がいたならば、こんな様子なのだろうと、

頬が緩むのを感じる。

 

 

ベッドに近づき、顔を覗き込むようにして膝を折る。

妻に似た金色の髪をそっと撫でてやれば、ロゼッタはピクリと鼻を揺らし、

マリアベルはふにゃりと頬を緩ませた。

 

 

この穏やかな眠りを感じている娘を、

起してしまうのは本当に心苦しいのだけれど。

また、泣いてしまうならば、それも可哀相だ。

 

 

少しだけ。

その眠りをパパにおくれね。

 

 

 

 

 

「ロゼッタ・・・・マリアベル」

 

 

小さな暖かい身体を少しだけ揺する。

ぬいぐるみを抱いていた腕が揺れて、くしゃりと顔を覆った。

 

 

 

「パパはちょっとだけお仕事でいなくなるけれど、

 絶対に帰ってくるから・・・・だから、ママと一緒にお留守番していて」

 

 

囁くように、言い聞かせるように言うと、

妻にしたように、その小さな額に唇を落とす。

 

 

 

その瞬間に、ロゼッタの瞳がぱちぱちと二度瞬いて、

自分と同色の黒い瞳がまだ水分に揺らめいている様子が見て取れた。

 

ぼぉっとしたその寝起きの表情が、

ふわりと表情を変えて。

 

「・・・・ぱぱぁ・・・いってらっしゃい」

 

 

と。

 

そう言ってニコリと笑った。

 

 

 

横で眠っていたマリアベルもまた、

まだ眠いのだろう目を擦りながら、ゆっくりと上体を起して、

 

「いってらっしゃい・・・・ママと待ってるね」

 

 

と。

 

同じように笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

こんなに小さな子が。

眠りの最中を寸断されて。

 

それでも、ニコリと笑い、自分を送り出してくれるなんて。

 

 

とても暖かなモノが心の奥から溢れ出して来る。

 

 

 

 

パパは、君たちが本当に大切だから、

ずっとずっと抱きしめて眠りたいけれど。

それでも、君たちと共に生きていくために、

この家から少しだけ出ていく。

 

 

帰ったら、また笑って。

そしてキスを贈ろう。

 

 

暖かなその身体を抱きしめて、

頬を寄せて「ただいま」と「おかえり」を交わそう。

ロイエド子