ねえ

ねぇ、もしもこう言えば、貴方はそれをしてくれますか。

 

 

広い広いその空間にもしも、二人だけならば

きっと、その空間が嫌になるだろうと思う。

 

それは、近づいてはならないと言われているようなものだから。

 

 

狭い狭いその空間にもしも、二人だけならば

きっと、その空間を消してしまいたくなるだろうと思う。

 

それすら、自分には耐えられない距離だと実感せざるを得ないから。

 

 

「なぁ、俺って死にたいって言っていいと思う?」

 

広げた文献を、何も読んではいない目で追いながら

珍しく書類を片付けている彼に言葉をかける。

 

その言葉の意味を咀嚼できずに、彼はその漆黒の瞳を向ける。

来客用のソファーに当たり前のように座っている自分に向ける。

 

あぁ、自分を糾弾する夜の色。

全てを隠す夜の色。

 

止まったペンの走る音と、ページを繰る音のせいで、

その部屋の中は静かだ。

 

時折、砲弾の音が聞こえてくるのは近くに射撃場のある

軍の立地の為だろう。

 

 

「言っていいと思うけれど、言って欲しくはないな」

 

あれだけ真面目に書類に向かっていたように見えた彼は

実はあまり集中していなかったのだろうか。

立った一言の呟きにも似た声に、答えてみせた。

 

取り合えず自分には出来ない芸当だろうと思う。

集中してしまえば、辺りの音など全く意味を成さない。

 

ある1人の声を除いては。

 

 

困ったように笑って、この答えでは駄目かいと聞き返してくる彼に

手をひらつかせて答えようとする。

 

でも、それではあまりに彼に、ロイ・マスタングに失礼ではないかと思う。

 

 

「言っていい」

 

許されたかった。

大切な大切な人の多くのものを奪っておいて、

取り戻してやると何度も約束を当たり前のように口にしておいて、

先に居なくなるなど許されるものでないと知っている。

ましてや、死ぬことの許されない彼を残したままで。

 

たまらずに押し寄せてくる死への願望は

いつも苦々しい思いだけを残して押し込めた。

 

許してください。

言えはしない許可を何度も言いそうになった。

 

 

彼はこうも言った。

 

「言って欲しくはない」と。

 

そうだね。

自分は心に抱えていようとも、決して出してはならなかった。

そんな言葉だった。

 

それは、多くの人を傷つける。

自分に付く傷ならば、いくらでも付けばいいと思うけれど、

それが自分の目の届く他人、ましてや知り合いで愛しく思うものならば

傷をつけるなど自分が許さない。

たとえ、自分がその加害者だろうとも。

 

 

ねえ、大佐。

もしも、もしも、あんたが駄目だと言っていたなら

俺、死んでたかも知れない。

 

きっと、死んでいたと思うよ。

 

許されなかったら、言ってしまったと思う。

意味を成さないような叫び声で。

この世の全てを呪ったような言葉を吐きながら、

一番汚れている自分が、さも正当であるかのような錯覚をして。

 

 

言ったら、一度でも言ってしまったら、

その言葉のままに、機械鎧を刃に練成して、

この大佐の前で、

 

首を切っていたと思う。

 

太い動脈からドクドクと血が流れても、

きっと歓喜で。

 

それは、甘い誘惑で、

何もかもを捨てて、この世から消えることができるなら、

自分はそれでもいいと思うけれど。

 

あんたが許してくれたから。

 

言える場所があるなら、俺は言わないよ。

言えないのではなくて、言わないよ。

 

そんな気がするんだ。

 

 

「そっか。」

 

「あぁ。」

 

静かだった執務室に、

ペンの音とページを繰る音が再びおこる。

 

 

もしも、死の瞬間が訪れるなら、

貴方の焔を選びたい。

 

何も残さず、貴方の熱だけを感じて

そうして消えてしまえばいい。

 

 

ねぇ、もしもこう言えば、貴方はそれをしてくれますか。

ロイエド部屋