「ふぁ〜っとそろそろ行かないとな」

 

当直だの何だのと書類もたっぷりとこなして午前三時。

さすがに眠気を感じたので、仮眠室へとやって来た。

眠ったがここのベッドは堅くて小さい。

心地よい眠りを約束する場所ではないことを今更ながらに再確認した。

 

それでも起きるのが億劫なほどに自分の体は疲れている。

射撃訓練に進軍講義・・・実践的なモノからその計画案に至るまで。

とかく中間管理職な役割をしている自分たちは、そうそう休んではいられない。

命を預けると決めた上司がここのトップになる日までは、

どれほど体を酷使しようと、彼についていく自分でありたい。

 

さて、起きるかと、冷たいパイプに手をやって、

よっと自分の体を手に力を入れて引き起こす。

ぐわんと視界が歪んで、視線は天井ではなく、壁を映し出した。

 

 

「うん?」

 

確かにカーテンは引かれている。

軍にも神経質な奴はいるもので、光りがあれば眠れないなどと言っていた。

自分としてはそれ程神経質では無いつもりだが、

それでも起きかけの瞳に強すぎる光り。

 

しかし、自分が見る方向に窓はない。

 

 

パチパチと瞬きをして、通常の視力を取り戻す。

するとそこにあった光りは、

眩いばかりの金色の光り。

 

 

夏の午後の日差しであったり、

真冬の雪の照り返しのような、

鋭くそして目を向け続けていれば瞳を傷つけてしまいそうな。

 

「エドワード?」

 

自分はこの光りの主を知っていた。

強い光りを纏いながらも、それ故出来る影に怯えていた。

刹那的な生き方をしているのではないかと、

出来る限り子どもらしく扱っていることをこの聡い子は気付いているのか。

 

 

「・・・大将?」

 

呼び方を変えてみても、反応はない。

自分が横になっていたベッドの傍に座り込んでいるらしい。

細いパイプで作られた簡易ベッドの柵に体を預けている。

 

 

ひょこりとその顔を覗く。

そして、驚く。

酷く顔色が悪い。

 

「って!!おい!!」

 

慌てて揺さぶるようにして、その覚醒を促す。

そんな顔色をして、冷たい床に座り込んでいるなんて。

 

 

「・・・少尉?」

 

起きかけでぼんやりとした瞳は、熱の為であるかのように潤んでいる。

そっと額の髪をよけて手を当ててみれば、やはり熱い。

 

「調子悪いんだろ?そんなとこに居ないで、ベッドに入れ」

 

仮眠室と言うだけあって、寝心地の悪さを差し引いても床よりは眠れるベッドが

二段になって置かれている。

有事の際はそれなりに込み合うが、それでも今日は人影はない。

そう、

自分とエドワードの二人だけだ。

 

 

「・・・なんか寒そうなんだもん」

 

寝ぼけているのか、頭だけ出していた自分のそれを

きゅっと腕で引き寄せながら、拗ねたような声色を出す。

その声は常の大人びたものではなく、子どもらしいそれ。

 

「床にいるよりは、だいぶマシだと思うんスけど」

 

こちらも呆れたように言い返す。

その言葉の奥には限りない心配の気持ちを込めて。

 

 

「ハボック少尉の傍のが暖かそうだったんだよ」

 

 

あぁ、この子から女性の香りを感じるのはこんなとき。

些細な言葉の先に、男のそれとは違う色を感じる。

 

そうして、たまらなく守ってやりたいと思うのだ。

そう。

彼女は、自分よりも階級は上で、

きっと戦闘能力も高くて、

知識だって遠く及ばないのだろう。

 

それでも。

 

1人の少女が、前に進むために、己の体に機械鎧を付けたことを。

その小さな腕で、必死に弟を守ろうとしていることを。

泣きそうな顔をして、それでも泣けないと泣いていることを。

 

知っている自分が、

どうして彼女を放っておくことができるだろうか。

 

はぁ、と小さくため息を吐く。

 

きっと自分のデスクの上には、明日の憲兵訓練の予定表があって、

それに目を通して、必要ならば手直しをして。

そして、明日の朝一番に大佐に許可を貰わなくては。

 

それから、銃の手配や、訓練場の確保をして。

昼には部下たちに伝令をして。

 

 

考えれば考えるだけ、自分には仕事が待っている。

 

それでも、目の前の少女をこのままにしておけるはずが無い事も、

自分は分かり過ぎる程よく分かっているのだ。

 

 

パサリと足元に纏っていた毛布を広げる。

少しだけ横によって、その場所をつくる。

 

 

「ほらっもう少し居てやるから、ベッドで寝ろ」

 

顔色は相変わらず悪かったが、

それでも嬉しそうに自分の横に潜り込んできた。

 

まったく、女がこんなに無防備に男の横に入ってくるなよ。

 

そう思いながらも、

違ったくすぐったさがあることも事実。

 

安心したように、くうくうと寝息を立てているその顔を見る。

 

苦しそうにしていないか。

ベタリとした汗をかいてはいないか。

 

恐がるような夢を見ていないか。

 

 

俺の横で眠れるのなら、眠ればいい。

こんな場所でいいのなら。

 

暖かさを求めるなら、少しぐらい無理しても、

ここにいてやるから。

 

だから、

そんな辛そうに、声も掛けず、横にいるのは。

やめような。

眠ろうか

ハボエド子