1つの嘘が次の嘘を連れてくるように。

1つの過ちは次々に溢れ出す。

 

 

 

伝えたかったのは唯1つ。

願ったことは唯1つ。

 

 

それが叶うなら、

他には何もいらないと、

確かにそう思ったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 逃げ出したお姫さま ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと起き上がれるまでに回復したエドワードは

一枚の新聞を見つめながらため息を付いた。

 

 

ズキズキと痛むその原因は、

決して事故の傷によるものではいなのだと思う。

なんだよ・・・と何度目か分からない声を出した。

 

 

 

 

 

 

病院で目覚めてからいろいろな事がありすぎて、

退院を望むもそれは果たされず、

心配した弟が静かに怒りながら目の前に現れたのが事件から3日後。

 

「大丈夫だ」と繰り返すが、

腕に刺さったままの点滴と大げさに巻かれた(傷の具合からして全く大げさではなかったが)包帯の

為に、「どこが大丈夫なのさっ」と更に弟を怒らせた。

 

 

一度でも「もうこのまま消えてなくなりたい」なんて思ってしまったけれど、

やはり自分はこの弟の前から消えるなんて出来ないし、してはいけないだろうと思う。

「ごめんな・・・」と小さく心の中で謝って、

そういえば、最近ずっと謝ってばかりの自分に気付いた。

 

 

 

早く自分はこんなところから出て、

文献や旅に戻りたかったから、その事を弟に話したけれど、

そんな事はまったくお構いなしというようにして、医師から病状を聞いている。

 

「あの・・・アルフォンスさん?」

 

 

「もうっ兄さんは黙っててよっ!!!

 そんな状態でどこかに出かけようなんて、無謀なんだよっ!

 いいっ?分かってるの?!すごく危なかったって聞いたんだよ?!!

 僕は兄さんの危険を伴ってまで急いで旅なんてしたくないんだからねっ!!!」

 

 

 

普段優しい奴ほど怒らせると怖いという。

鎧の目がギラリと輝いたように見えたのは自分だけだろうか。

 

 

「・・・・でもさぁ・・・文献とかさぁ・・・」

 

「まだ言うの?!

 大人しく出来ないなら・・・・僕、怒るからね・・・・」

 

 

 

「・・・・・すみません。兄ちゃんが悪かったです」

 

 

 

静かに怒られても、それはそれで怖い。

今までのが怒ってないというなら、「怒ってる」とはどんな状態だというのだろうか。

・・・・・本気で怖い。

 

 

うな垂れているこちらをチラリと見てから、

ふぅとため息を漏らす弟。

 

 

「大人しくしててよ。・・・・・ね?

 文献なら、この村の図書館にもいろいろ古い本があるって記いたし、

 ちょうどまだ調べてない分野らしいから、僕がいくし・・・ね」

 

 

 

声の中に、本当に心配していると表されると、どうにもならない。

いつも弟であるアルフォンスのこんな声に弱い。

 

 

 

「うん・・・・・ごめんな」

 

 

 

 

 

心配だから傍に居たいけど、

ここに居ても何も出来ないし、何かしてないと不安なのは兄さんだろうから、

僕は図書館に行ってくるよと、こちらの思考など全てお見通しな感の弟は、そのまま病室を出た。

 

 

確かに、何もできず、流れていく時間は自分を酷く不安にさせる。

動いていないと呼吸の仕方すら忘れてしまいそうな。

焦るばかりの焦燥感。

静かな心臓のもっと奥から、

ドクドクと血液では無い何かがせり上がってくる。

奥歯をギリリと噛んでどうにか治めようとするのだけれど、

飲み込む唾がとても重たい。

 

 

時間があれば、考えてしまう。

それでも弟に会えたことで、自分の感情が落ち着いた事を知る。

 

 

 

「なんであんな事・・・・するかなぁ」

 

 

弟が病室を後にして、

残された1人だけの空間。

白い小さな物入れの上部に少しだけ手を伸ばして、

ベッド脇に置いていた新聞を取る。

 

荒い安紙の上に、

真っ黒なインクが載せられたそれ。

雑多なニュースが賑わい、土砂崩れの復興の様子も書かれている。

一番の重傷者が自分で済んでいる事を知って、安心したのも束の間。

ページを繰った先にとんでもない記事を見つけてしまった。

 

 

 

 

何ヶ月前だろう。

まったく同じような衝撃を与えた記事があって、

けれど、その内容は正反対であった。

 

 

 

 

【ロイ・マスタング准将、離婚を発表】

 

 

 

 

「はぁぁぁ?!」

 

記事を見た第一声はそれだった。

突然に息を吐いてしまった事で、ゴホゴホと咽てしまったが、

何度瞬きをしてもその記事は消えてくれなかった。

 

 

 

こんなスキャンダル。

どうして受け入れられるだろうか。

 

ロイ・マスタングはこれからどうなるのだろうか。

 

 

 

 

婦人について、彼女に非は1つもなかったと語り。

全ての原因は自分にあると言い。

非難も中傷も全てを受け入れる覚悟だという。

 

 

 

 

妻とは別れたと言ったあいつの言葉を、

半ば信じられず聞いていたけれど。

その事実をこんな形で突きつけられても。

真実がどうであるかなんて分からない。

 

 

 

 

 

自分に思いを告げてくれて、

けれど何を望んでいるのだろう。

自分は何も返せない。

 

 

時間と周りだけがどんどんと進んで行ってしまう。

残されて、ここに動けず自分は何をしているというのだろう。

 

 

 

 

奥さんどうするのさ。

大切な人が違って、奥さんにも大切な人が別にいて、

その人との子どもだったって聞いてもさ。

 

 

あの人は、やっぱり准将の事が好きだったんじゃないかって。

そうでないなら、どうして自分をあんな目で見ていたのだろうかって。

 

 

別れて、それであの人はどうするの?

父親は軍人なんだろう?

立場悪くしてんじゃないのか?

 

 

子どもだって・・・いるんだろ。

その子はどうしてるんだ。

 

 

 

離婚なんて、どうするんだよ・・・あぁもう。

 

 

 

もしも、それで子どもが泣いたらどうするんだよ。

母親だけに子どもを任せて、それで?

あんたは1人家を出ていくのか?

たとえ准将との子どもでなくとも、そこに責任はないのだろうか。

子どもはそれで納得するのか?

 

 

 

子どもに大人の不都合を押し付けているだけじゃないか。

そんな事子どもはまったく知りはしない。

大人の都合なんて。

 

理不尽な事で子どもを縛ってはいけない。

泣いている母親を見せてはいけない。

辛そうに笑う母親があってはいけない。

 

 

そんなの悲しすぎるから。

 

 

 

 

「・・・・・ダメだよ・・・やっぱりさ」

 

 

 

あのまま、告白を受け入れて。

俺は女なんだよと言って。

自分の思いを伝える事は多分出来たのだと思う。

 

 

でも、出来なかった。

 

 

 

 

 

母親を泣かせてはいけない。

泣いている母親を子どもに見せてはいけない。

 

そんなの辛すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

トントン

 

 

 

沈み始めた思考を繋ぎとめるノックの音が響いた。

アルフォンスが図書館から戻ったのだろうかと、ドアの方へ視線を動かす。

それとも検診の時間だったろうか。

 

 

「どうぞ」とだけ短く入室の許可を口に出す。

 

 

狭いけれど清潔な病室。

蝶番が少しだけキィとなり、入り口のドアがゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

水色の細いチェックの涼しげなブラウスに、フワリとしたスカート。

花があしらわれたバックを手にして、足には細いミュール。

 

 

どれも自分には出来ない装いだけれど、

彼女にはとても似合っていて、清楚なイメージが伝わってくる。

 

 

 

「・・・・・お久しぶりです。エドワードさん」

 

 

 

少しだけ困ったように笑った彼女は、今まで見た中で一番印象に残るだろうとそう思う。

いつも無理をギリギリで通していた、

泣きそうな瞳と、かみ締めるような口をしていた彼女とは思えなかった。

 

 

とても綺麗だった。

 

 

 

 

病室の入り口には、

ロイ・マスタングの前妻。

広げている新聞の雑多な記事を賑わせている話題の人がいた。

ロイエド子