こんなところにこんな店があっただろうか。
家路につくその道は通いなれたものだというのに、
おぼろ気に光るその細い道の先に、古めかしい店構えのアンティークショップを見つけた。
もう随分と遅い時刻であるにも関わらず、
現世と切り離されたかのような存在で、そこに鎮座している。
ショーウィンドウのガラスはぼんやりとした室内のロウソクから漏れる光で、
緩やかに照らされて。
並べられた商品を鮮やかに見せていた。
何の気なしに見たその陳列の先に、金色の髪を持つ人形を見つける。
お揃いのように金の双眸を持ち、じっとこちらを見ている。
どこか大切な人を思い出させるその姿に、
丸いドアノブを握り、キィとなる木製の床に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
ドアがゆっくりと閉まると、奥から初老の男性が白い髭を撫でながら
丸い眼鏡をかけ直し、声をかけて来た。
「見せてもらっても構いませんか?」
「はいはい。いいですとも。ごゆっくり」
カタリとレジに座り、横から小さな文庫を取り出すと、
まったくこちらの事には構わないと言うかのように、そのページを捲っていた。
ショーウィンドウから見えた、一体の人形に近づく。
中から見れば、衣服もアンティークなのだろうか、良質のレースを使った品の良いものだ。
髪の色も双眸も同色であるあの少女は、
決してこんな格好をしないのに、この人形にそれはとても良く似合っている。
あの子にこの衣装を着させてもさぞかし良く似合うのだろう。
「店主。この人形なのだが・・・」
「何か、気に入ったものがありましたかね」
パタリと文庫を閉じて、丸い眼鏡を直しながら、
キィキィと音を立てる木製の床を店主はゆっくりとこちらに近づいた。
小さな踏み台を利用して、
天井に吊るされていた格好の小さな人形を店主は下ろしてくれた。
「これは操り人形になってましてな」
そういうと、吊るされていた時の透明な細い糸を器用に手繰り、
手元で動かして見せた。
伏せられていた、人形がクルリとターンをして見せれば、
レースの服がフワリと揺れて、ダンスでも踊っているかのようだ。
関節は丸い球体で出来ているらしく、
とても滑らかに動くその姿はいっそ恐怖すら覚える。
金色の双眸が輝き、意思を持っているかのように語りかけた。
『さびしい』と。
実際、それは店主が発した声だったのだが、
今まで聞いた店主のどの声よりもリアルに聞こえてしまった。
その一言を発してからは、カタリと肩を落として、
元の『人形』に戻ってしまった人形。
「・・・店主、なぜ『さびしい』と?」
「あぁ、いや。他意はないのですがね。
・・・私はこんな人形商を長くしているものですから、
『人形の気持ちが分かる』なんて事を・・・言うつもりもないですし。
長くしているからこそ、この子達の気持ちなんてずっと分からないのでしょうし。
ただ・・・」
「ただ?」
「この子には横を守る一対の人形が似合うと思うのですよ。
この子が家に来てからずいぶんと探したんですが、まだ見つかっていませんで」
「もともと一体なのだろう?」
「そうですね・・・人形師はこの子は1人で歩ける気高い人だと言ったのですが、
お客様、貴方はどう思われますか。
・・・・・
天使がいつも1人なら、この子は1人で良いのかも知れない。
しかし、この子は天使ではない。
誰の手も借りずに歩けるという人は、どこかでもう一対を探しているように思えてならないのです」
「・・・私もそう思うよ」
店主はそっと人形をその腕の中に抱いた。
「あぁ、この子を貴方に貰って頂ければ、私はいつこの店をたたんでもいいのです。
しかし、貴方はこの子を傍に置くよりもっと大切な方を心に住まわせていらっしゃる」
まるでいとし子を撫でるかのように、
金色の髪にしわの刻まれた手を寄せた。
そして、レジの傍から今度は小さな箱を取り出して、
古めかしいその箱に人形をしまい込んだ。
カサリと保護用の紙が音を立てると、
店主はもう一度だけ頭を撫で、ふたをそっと閉めた。
「・・・しめてしまうのですか?」
「この子は貴方を選んでしまったから。
傷が癒えるまでは店には出せないのですよ」
困ったように笑って、白い髭を撫でる。
寂しいと呟く恋人には優しいキスを。
凍える指先には灯した明かりを。
迷ったその日に暖かい飲み物を。
日暮れの恐怖に朝焼けの祝福を。
心に住まう愛しい人はただ1人。
行き先も告げずに飛び回る愛しい君だけ。