日常と非日常
自分が見ていた事と見えていなかった事
少しだけ勿体無いなぁと思う瞬間
「おぉい〜入るぞ〜」
いつものように中からの返事を待たずに硬い樫の木で出来たドアを開ける。
キィと小さな音を立てたその先に、いつもの黒色を期待する。
『こらこら・・・ノックをしたまえよ』
すこし低い声で囁くように苦笑いする顔が、
なんだか好きだからなんて。
そんな恥ずかしいことを決して面と向かっていう事なんて、
きっと一生ないのだろうけれど。
「・・・大佐?」
すでに後ろ手にドアは閉めたというのに、部屋の主であるかの人は反応を示さない。
キョロリと周りを見渡せば、もはや見慣れたと言えてしまう部屋の内装。
紅い絨毯
重厚間を醸す木製のデスク
整然と並んだ書類や参考ファイルの山
そこにあの人がいない。
蒼い軍服。
黒い色彩。
低い声色。
なんだろう。
ここにいないというだけで、
部屋の色がまったく変わってしまったかのよう。
「帰ってきた」なんて。
そんな事思ってはいけないのだけれど、
それでも「おかえり」とそう言ってくれる彼がいない。
「なんだよ・・・せっかく急いできたってのに」
・・・ただ報告書を届けに来ただけで、
・・・ただ後見人だからってだけで、
別に、会いたいからここに来たわけではない。
ないと・・・ないと・・・。
だったら、そこで落胆してる理由を言えとか言われたら、
もう答える事なんてできないのだけれど。
彼がいつも座っている偉そうに見える皮製の椅子を目指す。
大き目のデスクを回わって回避しようとした時に、
目に飛び込んできた蒼に唖然とその足を止めてしまった。
探していた彼は、
なぜか紅い絨毯の上に体を投げ出して、
そうしていつもは伸びた背を少しだけ曲げている。
一瞬だけ焦って近づいたけれど、
耳にはいったすうすうと小さな息に、ホッと急ぐ足を止めた。
こんな場所で、
倒れるようにそこにいるものだから、
少しだけ思い描いてしまったじゃないか。
紅い絨毯は、高級感だけではなくて、
自分に少しだけ嫌悪感を与えていたから。
そんな上に貴方が体を投げ出しているなんて、あまり気持ちのいいものではない。
日差しが絨毯を暖めて、
この書類の山と格闘していただろう彼は、
誘惑に耐えられずここで眠ってしまったのだろう。
あぁ・・・指が少しインクで汚れている。
そういえば、目の下に疲れが見える。
あれ?
あっ・・・眼鏡。
細いフレームのレンズがとても薄く作ってあるもので、
視力が弱いとは聞いた事のない彼が、持っているとは思わなかったそれ。
眼鏡を外す時間すら惜しかったのか、
そんな動きすら億劫なほどに疲れていたのか。
寝息を立てる彼の顔に、
少しいびつにある眼鏡。
うぅん。
知らなかったなぁ。
眼鏡・・・か。
ちょっと損した気分・・・かなぁ。
知らない貴方がいたなんて。
でも、得した感じもする。
いつも見れない貴方の顔をこんな近くで見えるなんて。
目を覚ましたら、なんて言おう。
「おはよう」なんていって額にキスでも贈ろうか。
目を丸くして、頬を紅くして、
ちょっと少しだけ慌ててくれたら、いいのに。
そうしたら、いつもと違う貴方を、もう1つだけ知ることができる。