ごろりとベッドを寝転がって一回りする。
体温で暖かくなった布団は心地いい。
娘たちが別の部屋に「子ども部屋」を持ってからは、
ここは夫婦の寝室の役割だけを果たせばよかった。
娘が小さな時は両親の間に眠ることが出来るようにと考えた、
キングサイズの良質なベッドは1人で眠るにはあまりに広い。
「エディ・・・」
横にいない最愛の人の名を呼ぶも答えてくれる声はない。
別に1人で眠っているからといって、妻が実家に帰っている訳でも
家庭内別居に陥っている訳でもない。
関係は極めて良好。
愛しいと思う気持ちはこれ以上ないと言うほど強いのに、
昨日よりも今日の方がそう思ってしまえるのは何故だろう。
子どもたちに向けるその瞳とか、
名前を呼ぶ声にドキドキしていることを君は知っているだろうか。
こんなに穏やかに人を愛している。
残った暖かさを抱きしめるようにして覚醒前の思考は君の事ばかり。
そんな事を考えていれば、「ロイ?」と声がした。
今まで思い描いていた君にまた恋をする。
どこまで自分を虜にすれば気がすむのか。
パタパタと足音を響かせているのは、起きていることに気付いているからだろう。
ベッドに身を反らすようにして両手を付く。
転がってすでに端の方にあった頭に頬を寄せて、額にキスを降らせた。
「おはよ」と短く言ってから、休日なので軍服ではなく、
ラフな服装をクローゼットから出してくれているようだ。
本当はすでにはっきりしている頭を寝ぼけているかのようにフラフラと振る。
こんな様子の時。
妻はまるで幼子に接するように甘く優しいと知っているから。
覚醒には気づかない振りをして、もう一度キスを待つ。
暖かな唇はとても心地いい。
「ロジーとマリーは?」
「もうご飯を待ってるよ」
クスクスと笑いながらもう一度キスをして、
愛娘について聞いてみた。
ご飯を待っていると言う事は、自分を待っていてくれているのだろう。
これは早く起きなくてはならないようだ。
ハンガーからシャツを取り外している妻は、
いつもの赤いエプロンをしている。
香るのはシャボンの香りと朝食のパンの甘さ。
妻として母としての香りだと思う。
包み込んでくれる暖かさのようだ。
「今日はどこかに行こうか」
久々の休日に思わず遅くまで寝てしまっていたようだ。
これからの予定を組んで、愛しい家族と出かけるのも悪くない。
「う〜ん。そうだな・・・」
この提案に、思案顔を向けた妻はハラリとエプロンの裾を翻し、
こちらを向いた。
長くなった金色の髪は緩く束ねて後ろに結い上げていた。
白いうなじが覗くがそこには清らかさしか漂ってこない。
「なぁ、木を植えないか?」
「木?」
窺うようにして覗きあげたその瞳は金色で、
何度も見ているのに美しいと思わずにはいられない。
「そう!モミの木を買って、クリスマスには飾りつけをしよう」
嬉しそうに微笑むその顔に、こちらも頬を緩める。
「そうか、もうすぐクリスマスだね」
聖なる夜が毎日の寒さとともに近づいているのだった。
しかし、彼女がクリスマスを祝うとは思わなかった。
現に、今までこの家に越してからもクリスマスは訪れていた。
それでもモミの木などないのは、
この家の住人が神という存在を信じていなかったからか。
「どうして、今、モミの木なんだい?」
純粋に不思議に思った。
その言葉の裏には、クリスマスを祝うという意味についても聞かれている。
妻は少し苦笑いに顔を歪めて、
「だって子どもたちは信じてもいいと思うんだ」と溢した。
何かを信じる事は悪いことではない。
それが確かに救いになることも知っている。
両親が科学者だから、
または、己の経験から「神などいない」と思ったとしても、
子どもに押し付ける考えではない。
「ロジーとマリーは神様を信じていてもいいと思うんだ」
妻は言葉を変えてもう一度言った。
子どもたちは純粋だからこそ、
その他のものに染まりやすい。
それが悪いのではなく、
それをどう導いてやるかが難しい。
きっかけは多く、選び取るのは自分自身。
ただし、過ちを犯すことを知っているなら止めてあげたいだけ。
それが我が子ならば尚のこと。
「では、市場に行こうか。
もう、クリスマスの市がにぎわい出す頃だ」
神様なんていないと叫んだ子どもがいた。
大人なんて頼れないと嘆いた子どもがいた。
そんな事はないと言い切れない大人がいた。
どれか真実かなんて伝えられる程この世界は狭量ではなく、
その全てを見て生きていける程人は綺麗ではいられない。
それでも、
娘たちが笑って傍にいてくれればいいと望む。
それでも、
愛しい人の温もりが手に届く位置にあればいいと望む。
この思いだけは真実であると。