姉さん。

 

 

 

 

 

 

「幸せ?ねぇ・・・今幸せ?姉さん」

 

 

くつりくつりとコンロの上にある鍋が煮立っている。

一見してみれば魔女の鍋のように泡が浮かんでゴポリと弾けているのに、

その鍋からはとても甘い香りがする。

 

 

 

それはずっと昔の記憶。

暖かくて、ずっとまどろみの中にいるような。

そんな記憶の中にいた自分。

 

 

家から10分くらい歩いた先に小さな藪があって、

その先をとてとてと進んで行くと野いちごが自生する小高い場所に出る。

 

そこはまだ母さんが生きていた時からの秘密の場所で、

宝石の様な実がたくさん取れる3人だけの秘密の場所。

 

麻で出来た編み籠を腕に持って、

姉さんと手を繋いで小石が多い道を転ばないように気をつけながら、

籠を満たした野いちごをどう使おうかと話し合う。

 

 

母さん特製のケーキにサンドしたのがいい。

 

ミルクと合わせてイチゴミルクも美味しい。

姉さんはミルクが嫌いだったけど、こうしたら少しは飲めるとかいい訳しながら、

いつも2杯は飲み干していた。

 

食べきれない分は、ジャムにする。

淡いオレンジ色のテラコッタの鍋で煮詰めて、くつくつと。

 

 

大きなスプーンで砂糖をどっさりと。

木ベラで混ぜる母さんの手が魔法使いの手みたいでドキドキしながら、

白いエプロンをきゅっと握りながら、甘い香りにほっと息をつく。

 

これを入れるとトロミと艶がでるのよ。とニコリと笑った母さんの手には、

今度は夏の向日葵の花びらみたいに黄色いレモンがあって、

「だめだよっ入れたらすっぱくなっちゃう」って言うのに、母さんはにこにこ。

そのまま、搾ったレモンを入れてしまう。

 

 

くつくつ。

くつくつ。

 

 

さぁもうすぐよ。

 

 

マドレーヌにスコーン

ほかほかのラスク

 

甘いいちごのジャムをたっぷりと。

 

 

明日の朝はちょっと早起きしよう。

いつもは僕より遅くに起きる姉さんが、ジャムを食べてしまうよとテーブルにいるんだもん。

瓶の中にたっぷりあるのに、とても心配になってしまう。

 

 

 

 

「ねえ、姉さん。今、幸せ?」

 

 

 

魔法使いが白いほうろう鍋でジャムを煮詰めている。

秘密の場所に2人で行って採ってきた野いちごがコトコトくつくつ。

 

白いエプロンに金色の髪を揺らして、

木ベラをくるりくるりと回しながら鍋の前。

 

 

キッチンが見える場所にイスを持ち込んで、

背もたれに顎を乗せるような恰好で覗き込む。

 

 

 

「あぁ」

 

 

少し照れたような声が聞こえるから、

頬が緩んで、こっちまで照れてしまって。

 

母さんが作ってくれた野いちごのジャムを、

姉さんは自分の娘の為に煮詰めている。

 

 

まだ小さな姪っ子は木製のベビーベッドの中できゃらきゃらと笑っている。

娘を溺愛している義兄が付っきりで遊んでやっているのだろう。

 

 

赤ちゃんも食べられるジャムは、

僕たちも一緒に食べられるご馳走で。

 

はちみつはまだ赤ちゃんには駄目だって聞いて、

どうして砂糖は大丈夫なのかよく分からないけれど、

砂糖しか入れないジャムは赤ちゃんも食べられるらしい。

 

 

 

幸せって幸せだね。

 

 

なんだろう。

 

 

 

こんな風に家族が増えるなんて、思ってもいなくて、

あの時必死だった自分に教えてあげたいくらい。

 

 

 

僕には姉さんしかいない。

この世界に大切な家族は姉さんだけだ。

 

 

 

壊れないかどうか。

消えてしまわないかどうか。

 

 

いつもいつも心配で、

泣けない体で、抱きしめあえない鎧で、

そうして震えていたあの時の自分に。

 

 

教えてあげたいな。

 

 

こんな暖かな家族が増えるってこと。

 

 

 

 

僕にたくさん家族ができました。

僕もとても幸せだよ。

 

姉さん。

ロイエド子

野いちご