【オーディ珈琲店 16 】
エドワードはブスリと頬を膨らませて、
ソファに深く腰を下ろして、足を組んでいた。
それを苦笑しながら、見ているのはロイであり、
手元には潜入捜査の戦利品が握られている。
パラリと一枚ずつを確認するようなロイの仕草を、
半ば睨みつけるようにして、エドワードは視線を向けていた。
「もう機嫌を直したまえよ」
「うっさい。盗聴器とか周りに軍人を配していたこととか、
何も言ってくれてなかったじゃんかよ!!」
すっかり見慣れた蒼い軍服に着替えているロイが
さらに腹立たしさを増徴させているのだとエドワードは思う。
何でも無いような顔をして、
作戦を共に実行していると思っていた自分には、
詳しいことを何一つ話してくれてはいなかったのだ。
そりゃ・・・確かに、正式な軍人ではないし、
長年の部下のように信頼しろなんて言うつもりは無いけれど、
けど、やっぱり話してくれなかったことは、
自分がそれだけの人間だと言われているようで悲しい。
一連の事件について証言者を確保するために、
会場内に気づかれないようにして来客者の中から
誰かを連行しようと計画していた事もそうだ。
確保されたのは、エドワードを口説こうとしていた男であり、
テラスに連れ出したことをこれ幸いと、
フュリーがホテル周辺のネオンを操作し、
一瞬の間に武装したハボックが男をテラスから担ぎ上げ、
まんまと証言者を手の内に招きこんだ。
なぜ、そんな連携が図れたかというと、
エドワードのゴスロリチックな服のオプションとして付けられた
あのピンク色のウサギのぬいぐるみが犯人であった。
何も気にせず、ずっとそれを抱きしめて行動していたが、
まさかウサギの中に小型の盗聴器が仕込まれていたなんて。
エドワードの様子を観察し、
ロイが離れた後も、会場内の様子を聞いていたらしい。
しかも、ロイだけではなく、外で待機していた他の軍人たちにも
エドワードと男の声は届いていたらしい。
それらの事をエドワードは何一つ知らされていなかった。
本当にムカつく。
こんな事なら、あの場で大騒ぎしてやればよかった。
大佐の悪口をあんな男に言われたぐらいで
腹を立てることなんて無かったんだ。
むしろ、もっと言ってやれとはやし立てるぐらいすれば良かった。
なんだよ、結構・・・結構マジになってたのに・・さ。
エドワードはソファの上で仰け反っていた体勢から、
足を床に下ろし、小さく下を向く。
まだ三つ編みに直していない金色の髪が
エドワードの額を覆い、サラリと肩から零れ落ちた。
ロイは小さく息を吐く。
そんなエドワードの様子は本意ではないにしろ、
それでも自分の事を少なからず大切に思っていてくれるのだと
こんな事件であったけれど、そう知れた事が嬉しかった。
エドワードに顔を見られていないのをいい事に、
ロイは口の端を緩めた。
「君に嘘を付くつもりではなかったんだよ。
ただ、その恰好では動き辛いし、
何より君は自分の役目を十分に果たしてくれた。
この成果は君の活躍なくしてはありえなかったのだから」
ロイからのその言葉を聞いても、
エドワードは子どもを丸め込もうとしているようにしか感じなかった。
しかし、テーブルの上に落とされた紙の束を手にとり、
流し読みすると、今回の潜入捜査の意図を理解するに至った。
「これが・・・?」
「そうだ。暗号化されていたものを解読した。
最後には捕らえた男の証言も合わせて記載している。
なるほど、まさかこんな風に繋がっているとはね」
【オーディ珈琲店 17 】
エドワードは紙面の文字を目で追った。
几帳面にまとめられた文字は読みやすかったけれど、
書かれていることは不穏な動きを孕んでいる。
「これって・・・」
「あぁ、君が暴れたあのコーヒーチェーン店だよ」
視線の先にある文字をから言葉の先を予想したのか、
ロイは続けてそう言った。
「その店の出資者が軍人だということは話したね?
副職を持つことは禁じられているから、自身がオーナーではなく、
少将の妻の妹ということだが、それも隠れ蓑だろう。
行く先々の司令室で大々的に自慢してまわっているのも、
嘘をごまかしたいからなのだろうが・・・」
「かえって怪しい・・・」
「まぁそういうわけだ」
確かに、ロイとしても彼がただの自慢をして帰ったのならば
呆れ半分にその話を聞き流していたことだろう。
しかし、彼が出資した店の条件とともに、
ライバルと称した店がいけなかった。
その店はロイにとって今やとても大切な店であったからだ。
潰されるわけにはいかないな、と腰を上げてみると、
思っていた以上のホコリが出るわ出るわ・・・。
有り難い誤算というところだろう。
「上手くコーヒーに目を付けたものだよ」
ロイはエドワードの書類を捲る速さにあわせて、
次の情報を開示する。
「チェーン店であることを笠にして、大量の珈琲豆を仕入れている。
これだけの量となれば、一つずつを検分するなど考えられん。
しかも、担当者はアデル少将となっている」
大量に仕入れたと見せかけた珈琲豆の袋の中には、
豆ではないものが含まれていた。
それは、少女たちを「人形」に仕立てるために
使われたと考えられる薬物。
戦争の裏で生じる孤児たちをさらい、
仕入れた薬物でせっせと「人形」を作っていく。
そして、出来上がった「人形」は、
愛好者たちが膨大な金銭でもって買い上げてくれる。
「まったく上手く出来た負のサイクルというわけだ」
拍手ありがとうございました。
ロイエド子