暖かい光が今日も家を包んでいる
その根源にいるのは自分の最愛の人
出会わなければその意味すら知ることなく過ごしていただろう
それは、とても大切で愛しいもの
子どもたちを寝かしつけた後だというのに、
リビングから明かりが漏れている。
たまたま水を飲もうと起きてみれば、隣にいるはずの妻がいない。
急に寂しさが込み上げてきて、自分でも驚いた。
居なかった人が居て当たり前になっている毎日
それが奪われる恐怖を感じるのはこんな些細な日常の中
トントンと音をなるべく立てないように階段を下りれば、
リビングの明かりに気が付いた。
(エディ?)
子どもたちは深い眠りの中であることは確認している。
すでに夜鳴きをする時期ではないし、その部屋に妻の姿はなかった。
明かりの付くリビングのドアから中を覗くと、
フンフンと陽気な歌が聞こえてくる。
それは紛れもなく、愛しい人のもので。
ゆっくりとドアを開け、身を滑り込ませるようにしてその中に入る。
それでも気が付いていないのか、リビングに置かれたお気に入りのソファーの上で
手を動かしながら何かをしている。
その姿は文献を必死に読み解いていたそれと同じに見えるが、
当時の堅さは和らいで、代わりに楽しそうな歌が聞こえる。
「赤いマフラーをしたら、外に出ても良いから〜
今日も元気に遊ぶ姿を見せてね。それだけで〜幸せになる〜♪」
幸せを独り占めしたようなその笑顔を時折浮かべながら
それでもその手を止めず、何かしている。
ソファーの裏に回りこんでその手の中を覗きこむ。
あったのは
りんご色の赤い毛糸と手の中に編み棒
机の上には『初心者でも簡単☆新米ママさんの編み物』
第一編は、「幼児用かわいいマフラーの作り方」らしい。
ふむ。と手を顎にあてて、考えれば、その編み物と先ほどから
陽気に歌っているその歌の歌詞は似ているのかもしれない。
そして、その贈り主は考えなくとも我が家のお姫様たちのものであろう。
机の上に出された毛糸の他に、茶色の紙袋の中にはまだまだ毛糸が見えていて、
白いボンボンもあるから、それを飾りにつけるつもりなのだろう。
なんと微笑ましい光景だろう。
あのように必死に文献に噛り付き、
誰にも邪魔を許さぬ雰囲気を纏って眉間にしわを寄せていた彼女が。
編み棒を持ち、初心者用の本を開いて
それでも嬉しそうに手を動かして娘のために編み物をしている。
こんな夜更けにしていることは少しいただけないが。
「エディ。そこは、一つ飛ばしているのではないかい。」
「えっ?!」
ソファーの背もたれに体を預けて、手を彼女の動かす編み棒へと伸ばす。
突然のことで、歌が止まってしまったことは寂しいが、
自分に気付いてくれて嬉しくなった。
「最近、寝不足そうにしていた原因はこれかい?」
「っロイ!」
ガサリと紙袋を隠そうとしたようだったが、今更そんなことをしても
遅いと気が付いたのか、顔を赤くして下から見上げるようにする。
そんな様子が子どもを生んだ女性には思えない程可愛らしく映るが、
それを言うと、拗ねてしまうから言えない。
「ロジーとマリーにかい?」
照れた頬は赤いままで、コクンと頷いて見せた。
「っ怒った?」
隠し事をするつもりではなかったけれど、言い出すことも恥ずかしかった。
編み物をする自分など、自分でも想像が付かなかったし、
なにせ初めてのことだから、失敗する可能性の方が高かった。
知らないうちに、自分の秘密はどうやらばれてしまったようで、
かさ張る毛糸を必死に隠していた今までの努力は全て無駄になってしまった。
怒ったかと尋ねれば、一瞬驚いたような顔をしたけれど、
すぐに柔らかい表情を浮かべて、
「なぜ怒らなければならないのだい」と尋ねられた。
確かに、そうだ。
自分がどうして隠していたのかと問われれば、恥ずかしかったと言うが、
なぜ怒られると思ったのかと聞かれれば、内緒にしていたからだろう。
それらが複雑に絡まっているようで、答えは単純。
気恥ずかしかっただけだ。
ソファーを回り込んで、自分の横に座ると、
ロイはだいぶ出来上がって形になりつつあるそれをゆっくりと持ち上げた。
「マフラー?」
それ以外に見えると言えば、殴ってやろうかと思うけれど、
当ててくれたので、その危険はないようだ。
我ながら初めてにしては良く出来たと言える程度に仕上がった赤いマフラーに
気を緩ませたのか、歌を歌いながら編んでいたらしい。
それに気付いたのは、ロイから何の歌だったのかと問われたからだ。
「・・・母さんも同じように赤いマフラーを作ってくれたんだ。
そん時歌ってたような気がする。」
確かな記憶としてある訳ではないが、
自分の中で幸せな記憶としてそれは心の中にあって。
寒くなる季節となり、子供用のマフラーを捜して店を回ってみたものの、
探しているようなものは無かった。
子どものとき、自分のお気に入りだったそのマフラー
赤い毛糸で動くと揺れる白いボンボンが付いていた。
そういえば、あれは母の手作りだったと思い至って、
自分の不器用さと天秤にかけてみたのだけれど、
結局、自分で作ることにした。
寒い日でも、外で元気に遊べるように
願いを込めて。
もしかしたら、母さんもこうやって編んでくれたのかと思えば
さらに心は温かくなった。
「これが出来たら、少し遠くまで遊びに行こうか」
編みあがった部分の手触りを楽しむかのように撫でて、
ポツリとロイが言う。
これと言うのは、間違いなく、自分手編みのマフラーのことで。
「暖かいマフラーをして、少し北に行こう。」
なんで、そんなに優しい顔ができるのかというような顔で
そんなことを話すから、
寒さの増してきた夜のリビングだけれどさっきより暖かいように感じられて。
結婚して随分と立つのに、頬が赤くなるのを止められなかった。
寒い日には
手作りの赤いマフラー
飾りにつけた白いボンボンが遊ぶ度に揺れて映る。
風邪をひかないように
いつも元気で遊べるように
願いはいつも母から子どもへ
父はそれを優しく見守って
さあ、出来たらどこへ行こうか
六花の結晶がふわふわと舞うその場所で
大切な思い出をつくりに出掛けようか。
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