お願いだから何も言わないで。
低く鳴る電話の音と外を吹きぬける風の音。
「だから、あいつには何も話していない」
バチリと音が鳴り、じんじんとした痛みと共に口の端から細く血が流れる。
何度殴られようが蹴られようが、話すつもりなど微塵もない。
咎めを受けるのは自分であり、彼でもなければ、もちろん娘たちでもない。
「はっ!かばい立てしようと聞けば分かる事だ。連れて来い!!」
どこから漏れたのかなど問題ではない。
いや、それを議論している暇などないというのが確かなところだ。
頭の中は妙にすっきりしていて、ごくりと唾を飲み込めば鉄の味がした。
薄暗くじめじめと湿気の多いこの地下室が自分のみる最後の風景なのだろうか。
娘に昼寝をさせていた時に、大きな音を立てて正面に車が止まった。
夫はとっくに仕事に出ているし、急な忘れ物かと思ったがそうではなかった。
止められた軍用車は黒塗りでどうみても仰々しい。
金色の髪を立てたあの長年夫を迎えにきてくれている見知った彼であるならば、
どれだけスピードを上げようとも、このような無粋な駐車の仕方などしないであろう。
ぎゃあぎゃあと馬鹿みたいに騒ぎ立てて家の正面に青い軍服が溢れていく。
只ならぬ雰囲気にここから逃げるべきだと頭は警笛を鳴らす。
ガバリと立ち上がると、横の娘が寝返りを打ち小さな声を出した。
・・・・・逃げられない。
きっと軍部が何かよからぬ事をこの家に持ち込んで来たのだろう。
しかし、ここで自分が逃げ出せば、夫の立場が悪くなるかも知れない。
しかも、娘を抱いて逃げる事など機械鎧ではなくなったこの細い腕で出来る事ではない。
とにかく話を聞くことが先決だろう。
まさか少将を夫に持つ自分をたとえ罪に問うていようとも、すぐに危害を加えることなどできないだろう。
娘の寝息が乱れていないのを確認して、部屋の鍵をかける。
錬金術でそっと娘の部屋を外部の侵入に備えて強度を高める。
娘にまで手を出すつもりなら、取りあえず殴ろう。
ドタドタと響く足音、ドカリと蹴破られた木製のドア。
あぁけたたましい。
・・・・こいつらに、話をするだけの頭があるのか心配になってきた。
「エドワード・マスタング。旧姓エルリック。
第一級犯罪の容疑で連行する。」
取調べと証して至る所を殴られた。
着ていた淡い色のワンピースはビリビリに裂かれた。夫が買ってくれたものなのに。
下卑た笑いをしながら、男が覆いかぶさった。
何度も下肢を突かれながら、最奥に男の欲望を受けた。
取調べと称しただけの暴行だ。
「まったく強情だ。お前の罪は明確だというのに。
さぁ、協力者の名前を教えてもらおう。あのマスタング少将殿はどこまで知っている」
ボロボロになった身体に飽きたのか、男は両腕を吊るし上げたままのこちらを向いて言った。
口からは血の味と苦い白濁の味。
飲み込みたくないそれらを口から吐き出す。
「知らない・・・あいつは何も知っちゃいない。
たらしこんでやったんだよ。あんたらだって抱いて分かったろう?
軍上層部に夫がいるなら手を出せないと思ってね。
まったくとんだ計算違いだ。」
嫌な女ぐらい演じられる。
禁忌を犯したのは間違いなく自分。
・・・・ロイには関係ない。
ロイは悪くなんてない。
いまここで巻き込むわけにはいなかい。