非常にどうしていいのやらと戸惑う。

 

 

 

 

 

 

お宅訪問

 

 

 

 

 

 

 

本日は青天なり。

多少の湿気を伴いながらも青い空が覗いている。

 

梅雨とは名ばかりの空梅雨で、いささか暑さに疲弊している感は否めない。

うだうだと仕事を続け、ようやく一杯の麦茶(まずい司令部のお茶ではなく、

ホークアイが淹れてくれていたモノを冷やして飲んでいた)を口に含んだ。

グラスに水滴がつき、涼しさを演出するのを楽しみながら、

最後の書類にささっとサインを終わらせた。

 

ぐいっと残りの麦茶を煽って、くるりとデスクの周りを見てみるが、

可哀相なことに外回りや野外練習(暑い日のこれは地獄を見る)に借り出されている同僚ばかりで、

カリカリと音が響いているのは上司のデスクだ。

 

ふふんと半ば優越感すら感じながら、カリカリと種類を処理していた上司に、

「明日俺って非番なんスよぉ」と言ってみたところ、直属の上司たる彼からこんなことを言われた。

 

 

「家に来るか」と。

 

 

上司は少将の地位を有する、言うなら高給取りであり、

さらには国家錬金術師とせっせと金を稼いでいらっしゃる身分であるので、

それはもう立派な家を購入している。

(聞く話によるとキャッシュで購入・・・それもさらりと大金)

1人暮らしの時はそんなものを欲しがる様子など微塵もなかったが、

さすがに愛妻と愛娘を得た今では、すこぶる快適な自宅ライフを満喫しているらしい。

 

引越しなどで手伝いに行ったことはあるが、

生活感の存在する上司の家に入ったこと・・・・・・・・考えてみれば無い。

 

しかし、考えてみるに、・・・・興味が無い訳ではないが、やはり休日はのんびりと過ごしたい。

狭いアパートではあるが、一国一城の主として過ごそうかと考えを巡らせる。

 

「やっぱ俺はいいっス」と返すつもりだったのに。

 

 

「昼飯ぐらいは付けよう」と。

 

 

この給料前の財布の中身を見透かしたような台詞を言うものだから、

まるで天の助けと言わんばかりに、「行きます」と力強く答えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、時は流れて今は上司の自宅にいる。

場所は分かっていたし、回数は少ないにしても、来た事もある。

だが、こうして中に入ってみると・・・・こうも違和感を感じるものだろうか。

 

 

 

壁にある数字がデカデカと書かれたカレンダーには、

幼い娘の検診の予定だとか、ゴミの日だとかが細かに書き添えられている。

通されたリビングには、可愛らしいおもちゃがいくつも置かれているし、

階段口と玄関口の段差には、子どもが入り込んでしまわないようにだろう柵が用意されていた。

何気なくソファーに掛けられている赤いエプロンだとか、

上司のカレンダーの中に残っている走り書きの文字だとか。

 

 

なんていうか・・・・照れる。

あの上司、ロイ・マスタングと男として振舞っていたエドワード・エルリックとの生活。

可愛らしいステッチの入ったカーテンだとか・・・もう、本当に恥ずかしい・・・。

 

 

あぁ・・・うぅ・・・と所在無くその辺り(通されたリビング)をうろうろする度に、

精神衛生上よろしくない「甘い家族生活」そのものが目に飛び込んでくる。

・・・・・結婚生活かぁ・・・と思わず呟いてしまいそうだ。

 

 

 

「悪いっハボック少尉!!」

 

クルクルと辺りを見ていたら、バタンとリビングの扉が開いた。

そこには腕に小さな娘を抱いて、こちらに向いているエドの姿。

どこからどう見ても「幼な妻」という様相で、それもまた、照れてしまう・・・。

 

 

「・・・・おい、ハボック。妻にイヤラシイ目を向けるな・・・・」

 

 

低い声と共にエドの後ろから現れたのは、上司、ロイ・マスタング。

彼もまた、腕に娘を抱いている。

 

「見てないっスって!!!ってか、少将は仕事に行くんスよね?」

 

 

娘を腕に抱いている上司は、すでに出勤時間前だというのに、

見慣れた軍服はおろか、白いシャツにも袖を通していない。

ラフなシャツにスラックスという、まるで休日スタイルだ。

 

 

「・・・・お前は、上司のスケジュールも把握していないのか?

 この私が家にいない時に、男を愛しい妻子がいる家に上げるとでも?」

 

 

 

・・・・・確かに。

この嫉妬なら誰にも負けない・・いっその事、得意分野欄に記載すればいいほどで。

そんな上司が、たとえ長年の部下といえども、自分を1人残して家に止まらせるなどあると思うほうが

可笑しいといえる。

 

 

うっわ・・・俺ってば、やっぱり家で過ごしていた方が良かったような気がする・・・・。

 

 

「こらっロイ!!少尉をからかうなよっ!!

 ごめんな少尉・・・せっかく手伝いに来てくれたのに」

 

 

ほら・・・・聞いていない話が出てきた。

手伝いなんて、俺聞いていないっス。

 

 

「大丈夫さエディ。ハボックは休日だから、ぜひにと申し出てくれたのだから。

 さぁ心置きなく、彼の労働力を使おうじゃないか」

 

 

キラキラしい笑顔でさらっと言ってのけた上司こと、ロイ・マスタング少将。

意義を申し出ようとしたところ、あっさりと退けられて、ずるずると二階に引きづられていった。

遠く、「お願いなぁ〜」というエドの声と、ほにゃほにゃと上司夫婦の娘の声が聞こえる。

 

 

たえろ、ジャン・ハボック。

 

 

 

「・・・・・何なんっすか」

「なに、部屋の模様替えをね」

 

 

 

あっさりと言われたその一言の為に、

貴重な休日の一日は、上司宅の模様替えに変ってしまった。

 

 

 

 

クローゼットを動かしたり、娘姉妹のベッドを大きいモノに変えたり(組み立てから手伝った)、

カーテンのフックを丸い可愛らしいものに変えたり・・・。

細々としたものを含めて、部屋の模様替えは進んでいく。

 

さて、そろそろ終わりか?と思った時に、下から「おぉ〜い、ご飯にしよう」と声がかかった。

そういえば、自分の目下の目的は、「お昼ご飯をごちそうになる」ということであって、

半ば達成感を覚え始めたこの上司宅の模様替えではなかったことを思い出す。

・・・・俺って洗脳されやすいタイプっすか?

 

 

 

並べられた昼食はどれも美味そうで、

何度か司令部に差し入れにきてくれた時にエドの料理の腕は確認済みなので、期待も膨らむ。

 

 

鶏肉の甘酢和えと大根のしゃきしゃきサラダ。

バスケットの中にはチーズとトマトが挟んであるロールパン。

中央に盛られているのは、トマトソースのパスタ。

ほかほかと湯気を立てているのは、きのこと野菜がじっくりと煮込まれたスープだ。

 

 

「どうぞ召し上がれ」と合図され、

「いただきまぁす」と勢いよく答えてから、手元のナイフとフォークを動かす。

噛み付いた鶏肉は、カリリと上がった皮と甘酢の相性が抜群である。

 

うまうまと食事をすすめていると、ふと気が付いた。

 

 

2人が全く食事をしていないのだ。

 

 

 

「あぁ・・・ロジーこっち」

「それは、まだ食べられないだろう」

 

 

エドと少将は、小さなピンク色のお皿を手にして、

丸いスプーンで少しすくっては、娘の口元に運んでいた。

 

 

たぶん、お皿にあるのは、茹でられた野菜とかそんなもののようだが、

娘たちは可愛らしい様子でそれを頬張っている。

もちろん、エドと少将の前には自分の前においてある取り皿と同じものが用意してあって、

食事をする準備は整っているのだが、実際には娘に掛かりっきりの状態。

 

 

・・・・・俺ってば、ここで食べていていいんスか?

 

 

「少尉ごめんな・・・慌しくて。

 あれ?もしかして、口に合わなかった?」

 

手が止まっていた俺を目ざとくエドが見つけ、そう声を掛ける。

その声にブンブンと首を振って答えると、良かったと笑ってまた娘に向き直る。

 

 

 

 

 

親って・・・・こうやって子どもを育てていたんだなんて。

そんな事をふと思った。

 

だって、小さな子どもなんて本当に無力で、

食事すら満足にしていけない。

これが野生の動物なら、すぐにその生を終わらせなければならない一大事だ。

 

それでも、人は親がいて、せっせと口元に食べ物を運び、

飲み干すたびに、それはもう幸せそうな顔をして笑うのだ。

 

 

 

なんだか今日は、上司夫婦に当てられてばかりな気がするが、

とにかく幸せ家族を地でいくこの様子もそう悪くはないかも知れない。

 

 

愛情とその暖かさだけで、なにやらお腹いっぱいだ。

 

 

ロイエド子