「しーってしてね」
こそこそと声が聞こえるのは、司令部執務室の前。
本来ならばここに居るはずのない人影がある。
「パパ寝てるの?」
「パパお風邪?」
そろりと扉を閉めてから、人差し指を唇にあてて「しずかに」とポーズをとるのは
三人の中で唯一大人であるが、その容姿は幼く映るその女性。
それは、軍の内部であるからではなく、
実際に結婚しているには早いと思われる年齢であったからだ。
二児の母であり、出産をして尚美しさに磨きがかかったと言わしめる女性、
エドワード・マスタングは自分の言葉を守り、こそっと疑問を口にした二人の娘、
ロゼッタとマリアベルの髪を優しく撫でた。
「あら、少将は中にいらっしゃらないかしら」
扉の前に居る三人を見つけたのは、長年の副官である、ホークアイ大尉だった。
珍しく司令部に篭って仕事を始めた上司のもとに、
これまた珍しくその最愛の家族がやってきていたのだ。
受付から知らせを受けて、許可を出したのはホークアイ自身であるが、
勝手知ったる場所であるために案内はせず、次の書類を抱えて戻ったところであった。
こんな時にサボってどこかに行ったのだろうかと愛銃の所在を頭に巡らしていれば、
エドワードが小さな声で、そうではないのだけれどと言葉を濁した。
「なんか、寝てるみたいだったから・・・起こすのもなって・・・」
その言葉にピクリと反応したのはエドワードの隣にいた長女で、
嬉しそうに「やっぱりー」と言ったのだろうが、その口を隣の次女に塞がれていた。
「だめだよっロジー大きい声だしちゃっ」
めっとでも言うように、小さな声で言う同じ顔の少女に、
口を押さえられた少女はコクコクと頷いていた。
「何か用事があったのかしら」
その微笑ましい状況で、表情を柔らかせてホークアイは尋ねた。
鋼の錬金術師という銘を授けれらたエドワードであるが、
結婚をし、子どもを生んでからその足で軍部に来ることは
ほとんど無いと言ってよかった。
「あ〜っと・・・」
「あのねっパパにご飯作ってきたの」
「マリーもね一緒に作ったの」
言いあぐねているエドワードの横から、
ひょこりと顔を出した娘たちが口々にその用事だと思われるものを話してみせた。
「ご飯?」
その言葉にホークアイはエドワードの持ち物に目をやった。
しかし、彼女はバスケットも手提げ袋も何も持っていない。
「中庭で食べようかと思って・・・」
エドワードはその目線に気付いたのか、手を広げて何も無いことをアピールしながら、
その「ご飯」の所在を申告してみせた。
「パパご飯食べてるの」
そんな事を聞いてきたのは、マリアベルだった。
ロイはとっくに司令部に向かったとは言え、まだ8時。
起こした娘と一緒に朝食を囲んでいたら、
空いたロイの席を指差して、不安そうにそう尋ねてきた。
「パパなら朝ご飯を食べて、お仕事に行ったんだよ」
そういえば、ここ最近忙しいのか、
朝は子どもたちが起きる前に出てしまうし、
帰りは子どもたちが寝てしまった後なので、一緒に食事をしたのはいつだったか。
「パパとご飯食べたいな・・・」
ぽつりと溢したのはロゼッタで、
朝食の目玉焼きをフォークでぐるぐると混ぜながら、
寂しそうだ。
ロイのスケジュールはどうなっていただろう。
今日は特に会食が入っているとは言っていなかったように思う。
忙しいと言っても、お昼休みぐらいはとれるのだろうし・・・。
「パパにお弁当もっていってみようか」
俯いてしまった娘を覗き込むようにして、
自分もなんだか秘密の計画を進めるようにドキドキしながら
そう言えば、
勢いよく顔をあげて、満面の笑顔で「「うん」」と頷いた。
あまりに天気がよかったので、外で食べられるようにと
飲み物もポットに入れて、敷物も準備して、バスケットにたくさん料理をつめた。
運ぶのは少し大変だったけれど、
娘が持つと主張したので、落としても安全だと思われる敷物と紙皿セットは
娘たちが分担して運ぶことになった。
司令部に向かう途中から、
「パパ食べてくれるかな」
「玉子焼きはねっ甘いのがいいって言ってたんだよ」と、
ずれそうになる荷物を何度も抱え直しながら、楽しそうだ。
憲兵に許可を頼めば、ホークアイ大尉から許しを貰えて、
進んでいる中庭が心地よさそうだったので、その場所に決めて荷物を下ろしたのだった。
「忙しい・・・かな?」
エドワードの言葉に、不安そうなのは娘たち。
エドワードの服の裾を小さな手で掴みながら、返事を待っている。
ホークアイは再びクスリと笑い、
「もうひと段落しているのよ。お昼休みは十分とれるから、
パパを中庭に案内してあげて」
その言葉を聞いてすぐに「パパ起こしてくる〜」と
二つの足音が静かな司令部に響いた。
「たくさん作ってきたから、皆さんも」というエドワードの言葉で、
ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーという面々も加わっての昼休みとなったのだが、
「あっその卵ね、マリーが混ぜたの」
「なにっマリアベルが混ぜたのかい!」
・・・がばっ!「痛いっすよ」「ばか者、十年早いわ!!」
「そのレタスね、ロジーが切ったの」
「えぇ!ロジーがやったのかい」
・・・どこっ!「なんですか」「お前はピクルスを食べてろ!」
「そのパン詰めたの」
「お茶の味を選んだの」
「バターを入れたの」
「ミルクを取ってきたの」
お手伝いを褒めて貰えるのが嬉しくて、
誰かが何かを皿に取る度に、その経過を報告する二人。
そして、子どもの成長に涙せんばかりに喜び、
それを奪いとる司令官。
「・・・ごめんな」
誘ったものの、何も食べれないばかりが、上司の鉄拳をあびるはめになった部下たちに
エドワードは小さく謝った。
「いいって・・・大将。」
「そうですよ。発火布出さないだけ、まだマシだからな。今日は」
「娘さんがいるからなんでしょうね・・・きっと。」
そう言えば、以前にも弁当の差し入れをしたことがあった。
皆で食べてねと渡した後で、娘にせがまれて司令部に電話を掛けたのだった。
その時も、何を手伝っただの、選んだのだと娘が報告していたように思う。
・・・その時も、この光景があったらしい。
「あん時は、何人か焼かれたんだよ・・・」
「報告受ける前に、ロゼッタが入れたおしぼりを使った奴と」
「マリーちゃんが閉めたランチボックスを開けた人と」
「・・・エドが淹れた紅茶を飲もうとした奴だったっけ・・・」
固まった。
なんという程度の低さ。
それが軍を統括する司令官の錬金術の使用法だというのか。
「・・・エド・・・顔、まっかだから」
「ふぇ?!」
「はいはい。幸せそうで」
ポン
「ごちそうさまです。俺らは食堂行くんで」
ポン
横を過ぎていく馴染みの軍人たちは、肩を叩きながら
一言ずつ何かを言っていた。
目の前には、楽しそうに食事をする娘と夫。
呆れたけれど、嬉しいと思うのだからしょうがない。
うん。しょうがない。
ランチを一緒に