ふかふかのパンケーキにレンゲの蜂蜜
真っ白なクリームと真っ赤なイチゴ
サクサクのアップルパイとバニラビーンズのアイス
甘いおイモのタルトは暖かいうちに。
マシュマロを浮かべた暖かいココア
薄い生地に包まれた色とりどりのフルーツ
「あぁ、こぼれているよ」
まだ1人では上手く食べられない娘は、それでもスプーンを自分で持つと言い張って、
ボトリとクリームを落としながら目の前のケーキを食べていく。
自分はと言えば、愛しい妻が作ったケーキをこれまた愛しい娘が食べるのを手伝っていた。
落としたクリームを拭ってやり、手にスプーンを握らせてやる。
可愛らしくクリームで飾られていたケーキは娘の努力によって形を変えている。
リビングに置かれた机には、子ども用の椅子が置かれていて、
落ちてしまわないようにベルトや足を固定されられる器具が付いていた。
薄いピンク色の花があしらわれていて、
落としたクリームとコントラストをつくっている。
2歳の娘は自分で何でもしてみたいらしく、危なっかしくてしかたない。
今日も「「1人で食べれるの!」」と言い切った。フォークではなく、
スプーンを用意したのは、少しでも危険を回避させるためだ。
それでも泣き顔など見たくはないので、極力は自分のしたいようにさせていた。
・・・心配でしかたないのだけれど。
「ロイ〜。お茶入れたから、代わるよ」
奥のキッチンからトレーを持ってエディが現れた。
いつも愛用している赤いエプロンはそのままで、長い金色の髪を緩く一つに結んでいる。
いかにも奥様という様相である。
なんだか・・・照れてしまうのだが。
「熱いから、溢すなよ」
コトリと置かれたコーヒーに「ありがとう」と返す。
二人の娘に挟まれるように座っていた場所から向かいの位置に移動して、
今まで自分がいた場所に妻が座る。
「マリーこっち向いて。・・・うん、きれいになった」
向かいの席からは、ちょうど3人ともが見て取れる。
必死になってロゼッタがケーキの解体作業をしている隣で、
エディはマリアベルの頬についたクリームを拭いてやっていた。
きれいになってとても満足気に頷いて見せれば、マリアベルもぱっと笑って見せた。
なんだろう、この暖かな空間は。
幸せに泣きたくなるとは思わなかった。
「・・・ロイ?どうした?」
動かず、じっと見ている自分を不思議に思ったのだろう、妻が尋ねる。
その声に娘たちもこちらを向いて、「「どうしたの」」と言った。
(お前たちが大切すぎて、パパはとても幸せなんだ)
「いや、美味しそうに食べるなぁと思ってね」
本音を誤魔化して、コーヒーを飲めば苦味が口に広がった。
「あっロイにはクッキーがあるんだ」
そのまま立ち上がって、妻はエプロンの裾をヒラヒラと反しながらキッチンへと向かった。
バタンと何かを閉める音やカチャカチャという擦れ合う音が聞こえた後に、
「これなんだけど」と再びキッチンから戻ってきた。
その手に持っているのは、蔓編みのかごに入れられたクッキー。
「どうかな」と差し出したものから、一枚取り出して口に運ぶ。
齧ればサクリとした触感の後に程よい甘さが届いた。
香るのはダージリン。
「美味しいよ」
「よかった。ロイってあまり甘いもの好きじゃないから、
紅茶のクッキーを作ってみたんだ」
うんうんと頷きながら、娘の間に座り直して、
「あぁ、ロジー。ほらっ手をだして」とべったりとした手を拭いてやっている。
甘いものが苦手だなんて。
こんなにも甘い香りのする空間にいても少しも嫌ではない。
甘いお菓子を作った後の妻は、とても甘い香りがする。
それは、母親の香りであって、妻の香り。
昔から彼女の髪は美しい金色であるから、
蜂蜜を溶かし込んでいるのではないかと、よくそう思っていた。
だから、甘い香りが不快なものではなくなった。
抱きしめれば香る彼女の香り。
大好きだよ。
甘いもの。
甘い君が大好きだよ。
レンゲの蜂蜜