執務室までの長い廊下の中ほどに、窪んだ場所がある。

それは、司令部内で戦闘が始まった時には身を隠す場所になるもので、

今は違った使い方をされていた。

 

 

クチュリという湿気た音がして、

互いに唇を離す。

回された腕は力強く、小さな体は抱き上げられているようにも見える。

 

金色の髪が混ざり合って、

さながら元は一つだったのではないかと錯覚させるが、

二つが交じり合う事はこの先もう無い。

 

 

男の名は、ジャン・ハボック。

東方司令部からロイ・マスタングの部下としてここ中央司令部にやって来た。

地位は一つ階級を上げて中尉となった。

 

女の名は、エドワード・エルリック。

そして、あと一週間後には姓をマスタングと名乗る事になる、

鋼の錬金術師。

 

 

お互いに、もう離れられない事は分かっていた。

 

 

「・・・なぁ、大将。俺はあいつになんて渡したくないんだが」

 

あいつと呼んだのは自分の上司。

もちろん彼の野望も野心も自分が従おうと真に思えるだけのもので、

彼の為ならば自分は命すら投げ出すだろう。

 

けれど問題は別の話。

 

愛しいと思うただ1人の人は、もうすぐその男の妻になる。

 

 

 

「俺だって・・・」

 

渡したくないと言われて嬉しいなんて、

自分が思ってはいけないのに。

 

何より大切な人と、誰より愛しい人がいて、

捨ててしまえないものがあった。

 

 

ずっと自分を支えてくれていた黒髪の男。

頼りなく思えたり、叱咤するその言葉に自分は愛しさがある。

 

何も言わず、横に立って、自分を子ども扱いした金髪の男。

ただ甘えていい空間を作ってくれたその人を自分は大切に思う。

 

 

どうして一緒でないのだろう。

 

この心に住む人が1人ではないのだろう。

 

 

 

「でも、准将を選ぶんだな」

 

「うん」

 

 

その言葉の後に、強引に通路の窪みに押し込まれた。

まだ外は明るい時間。

誰が通るとも分からない司令部内の通路。

 

そんな場所で、彼は奪うようにキスをした。

 

今までのそれとは違い、

優しさなんて欠片もなく、

余裕なんて無かった。

 

 

 

それは、誰かのキスに似ていた。

 

 

 

どちらを先に愛したと言われれば、

「ロイ・マスタング」

 

どちらをより好きであるかと問われれば、

「ジャン・ハボック」

 

共に歩んで行くなら?

ずっと一緒にいたいと望むのは?

 

 

欲張りな自分。

どちらを失っても立ち上がる事ができない。

 

 

 

彼らの気持ちを疑うことを知らない私は、

どちらをも欲する。

 

 

共に生きていく道は?

 

 

うん。

大好きだよ。

離れて行く事はできないとこの痛みが教えてくれる。

 

でも、私は愛しいあの人とも離れられない。

 

 

だから。

 

あの人は、1人では生きてくれない。

貴方を選べばあの人は、貴方を殺してしまう。

真っ赤な焔で。

 

それすら出来ないならば、

私を焔で包み、自らをも包むかも知れない。

そうして、笑って「自分だけのものだと」言う。

貴方のもとから、私を奪う。

 

 

そんな事は耐えられない。

 

3人ともであちらに逝けるならいいのに。

 

 

 

貴方は、あの人を選んでも、死んだりしない。

消えたりしない。

1人でだって生きてくれる。

 

ねぇ、そうでしょう?

 

 

私の瞳に黒が映っていても、

抱きしめてくれるのでしょう?

 

 

 

 

 

だから、私はあの人のもとに嫁ぐの。

 

廊下

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