ロウソクの明かりのように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男の人はいつも急いでばかりね」

 

 

 

 

 

きゃらきゃらと笑う声が響くリビングの向こう。

木目を生かした棚にテーブル、チェックの可愛いソファーカバーと花柄のテーブルクロス。

暖かな色が溢れている場所に幼い子を持つ母親が2人。

 

 

 

育ってきた場所も、歩んできた道もあまりに違い、

端的に言ってしまうならば、まったく逆の行き方をしてきた2人かも知れない。

けれど、穏やかに笑うその顔と、居なくなってしまった最愛の人を持つという点では、

こんなにも似ている2人はいないかも知れないと思える。

悲しいことではあるが。

 

 

 

 

 

幼い娘の手を引いて、エドワードは一軒の家に辿り着いた。

年に何度か、数える程しか訪れることのないその場所にエドワードとその娘は来ていた。

 

 

「エリシアお姉ちゃんに会うの久しぶり」

 

 

えへへっと笑いながら、お気に入りのクマのぬいぐるみをその腕に抱いている。

右手はエドワードの左手をしっかりと握っているので、左腕に抱きかかえている恰好だ。

 

 

 

 

 

あの日、たった1枚のありふれた新聞の紙面で知った悲しい事実。

人一人の死を伝える記事は、あまりに完結に綺麗な活字で報じられていた。

 

 

自分は悲しいとか辛いとか苦しいとか。

どうして知らせてくれなかったんだろうという後悔とか。

たくさんの言葉をあの人に浴びせかけたくてしょうがなくて。

残されたという彼の妻子のこれからを心配していた。

 

 

 

 

 

まさか、自分が。

まさか自分までがそう誰かに思われる日が来るなんて思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

人は失くして初めて気付くものがあるという。

彼の妻子に対して自分が思ったあの感情にきっと嘘はなかったけれど、

やはり自分は自分と関わりのないことだと処理していなかっただろうか。

 

 

 

 

悲しいだろう、辛いだろう。

そう思っていた。

 

 

 

 

 

けれど、本当は違ったんだ。

 

 

何か体にぽっかり穴があるような喪失感。

何をするにも溢れ出てくる感情の波。

それは悲しいや辛いなんていう簡単なものではなくて。

あるはずのものがないというやるせなさ。

 

 

どうして横に彼の笑顔がないのか。

あの穏やかな、優しさだけを伝えてくれるような。

 

どうして彼の声が聞こえないのか。

時に厳しく聞えた、それでも自分を支えてくれる声が。

 

 

 

 

何に悲しんでいいのか、何が辛いのか。

全く分からないままに、時だけは正確に流れていく。

それが世界の理だと知った時、自分は世界すら憎みたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで姉妹みたいね」

 

 

紅茶とサクリとしたバタークッキーがテーブルに並んでいる。

角砂糖は暖かな紅茶に角から溶けていき、終いには澄んだ枯葉色の中に同化していく。

 

テーブル先の絨毯が敷かれている場所には、エリシアと幼い娘。

 

お気に入りのクマのぬいぐるみに綺麗なリボンを合わせていく。

レース、チェック、サテン・・・・赤、青、白・・・・・。

 

 

 

「あの人、エリシアに姉妹がいたらいいってよく言っていたから」

 

「あいつも・・・ロイも言ってたなぁ。子どもは多いほうが楽しいだろうって」

 

 

 

少しだけ羨ましいんだ、グレイシアさんが。

だって、旦那さんに子どもを抱かせてあげられて、

子どもを旦那さんに抱いてもらえているのだから。

 

 

 

あいつは、ロイは。

子どもが娘だってことも結局はっきりしないままに死んでしまって。

抱く事も声を聞くことも、どちらに似ているだなんて他愛のない会話も、

親バカになることだって出来なかったんだから。

 

写真を自慢して見せて笑ったり、

あの子を抱き上げているのが男だったら「家の娘に近づくな」なんて言ってみたり。

 

そんな誰もが笑って呆れて、それでも幸せになれるような場所に、

ロイはいることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

悲しみに優劣なんてなくて、きっと重さなんて量ることはできない。

 

 

 

 

 

「でも、2人はきっと親友になれるわ。だって夫とロイさんの娘なんですもの」

 

 

「上では、どっちが可愛いなんてケンカしてそうですけどね・・・・あの2人」

 

 

 

 

残した方と残された方のどちらが辛いかなんて、自分には分からないけれど。

私には彼が残してくれたものがあって、彼は確かに自分たちを愛していてくれて。

 

 

堪らず涙が溢れ出す時があったとしても、

貴方との出会いをなかったことにしたいだなんて1度でも思えない。

 

 

 

 

「私、今でもあの人の自慢話ならいくらでもできると思うのよ」

 

「あぁ・・・・あいつ以外に自分を上手く口説く相手なんて二度と現れないとは思うかな」

 

 

 

 

最愛の旦那さまがいます。

それは例え世界が逆さに回り始めたとしても変わる事がない。

 

辛くて悲しくて悲しくて、それでも。

 

 

 

貴方を愛しています。

ロイエド子