ロイ・マスタングの場合
「・・・・・なんであんたがここにいるんだ?」
あれほど心配に心配を重ねた少女からの第一声は、そんなものだった。
朧気だった彼女の瞳が、意思を持ってはっきりと開けられたのは、
事故から一夜明けた時だった。
失った血液の輸血が上手く行った事と、
医師の腕が良かった事も幸運なことではあったらしく。
意識が戻ればそれほど心配する状態にはならないだろうと言われていたとはいえ、
事故の様子からもその容態からも、医師が驚くほどの回復と言えた。
いまだ腕には点滴が付けられており、
満足にその身体を立ち上げることも出来ないとはいえ、
死線を彷徨っていた事を思えば、奇跡的な回復と言える。
神の存在など信じてはいないけれど、
今なら神にすら感謝できそうだと思う。
白い病室内には私と彼女の2人だけで、
酸素はすでに外され、一応の用心と心電図は残されその機械音を続けている。
エドワードはパチリパチリと何度か瞬きをした後で、
金色の瞳は再び目を見開いた。
硬直していると言っていいような表情でこちらを見上げる。
「っ・・・・はははっっぃて。
なんだよ・・・その顔は・・・・ははっ」
急に身体を小刻みに動かした為か、
いろいろと痛むところがあったらしい。
笑い声とともに、腕を押さえたりと大忙しだ。
彼女は「顔がおかしい」と笑い続ける。
自分でも随分と間抜けな顔をしている自覚があった。
それは、病院の廊下で、部下であるハボックから受けた顔面への拳一撃の後遺症で。
日ごとに腫れあがって、とても痛々しく映るらしい。
エドワードには、面白く映っているらしいが。
互いに告白と言っていいような事を言い合って。
確かにその時の彼女の状態は、良いとはいえなかったけれど、
それでも、再び目を覚ました時にどうしようか、などと、
こちらとしても真剣に悩んでいたのだ。
まるで初めてのデートを打ち出した後の少年のように。
あぁでもない、こうでもないと、こんなに悩んだのは今までになかったと言うほどに、
頭を使ってみたのだ。
それなのに。
目の前のベッドに横たわる人は、
そんな事は終ぞ知らないと言わんばかりに、
目を開けて初めて見たこちらの顔を指差して笑っている。
・・・・まぁ、元気なのはとても嬉しいことで。
そんな様子すら可愛らしくて仕方ないので、どうしようもないが。
この恋を自覚して、
彼女の言葉を思いがけず聞くことができて、
今まで押さえていた感情は、一気に溢れ出してしまっていた。
可愛くて、愛しくて、
本当に今までどう押さえていたのか分からない。
「なっ・・・なんだよ。
悪かったよ・・・おっ怒ってるのか?」
笑い続けていた彼女が、こちらの視線に気付き、
黙っていた事を違うように取ったらしい。
窺うようにして、こちらを覗きこんでくる。
君はまったく。
全てを夢にしてしまっているようだけれど。
残念ながら、きっちり君の告白は聞いてしまっているし、
こちらもそれを聞かなかった振りができるほど大人でもないし、余裕もない。
もう、遠回りはしたくないんだ。
自分の気持ちから逃げないと決めたんだ。
さぁ、覚悟はいいかい?
「君に伝えなくてはならない事があるんだ」