「これってさ・・・なぁ、聞いてるの?」
「あぁ、聞いているさ」
ふぅんと気のない返事を返すあたり、君のほうが聞いていないのではないかと言いたくなる。
これって、と差し出されたのは『玉ねぎ』
どうも奇妙な取り合わせだと思われるかも知れないが、『玉ねぎ』である。
ここは軍の司令部でもなく、
安っぽい宿屋でもない。
私の自宅。
軍内のそれなりの地位を持つものとして恥ずかしくはないその邸宅。
ただ、一人身だというのが物悲しいものではあるのだが。
そんな自宅のキッチンに、これまた色気なく立っているのは二人の男。
家人がいるのは当然として、もう1人は根無し草。
金色の髪を結い、黒の上下に身を包んでいる少年。
鮮やかな赤いコートは汚れてしまうからと脱いでいたが、
室内に入った時点で脱ぐのは礼儀だろうと後で教えておいてやろう。
どういうわけでここに居るかと言えば、
話せば長くなりそうで、割と短いようにも思う。
「弟に言われたから」と言えばよいか。
いつものように司令部に報告書を届けたのが小1時間ほど前。
酷い顔色で、碌に食べていないのだろうと言えば、
兄は強がるが、ため息混じりに弟は「そうなんですよ」と答えた。
すぐに食事を取りなさいと半ば命令のように言ったが、
「シチューがない」のだと言う。
どうやら彼には食べたいものがあるらしいのだが、
それを出す店がないらしい。
ならば他のものを食べればいいのだが、
彼には珍しく駄々をこねる子どものようにふいと顔をそらしてしまった。
なんだかんだと言い合っている内に遅くなり、
いよいよ店ももうたたんでしまう時間になってしまった。
そこからは何故そうなったかいささか謎だが、
家に来て作ろうという事になったらしい。
材料は司令部の食堂から失敬して、(ここで作ればいいではないかと思ったが、
なんでも時間外はガスが止められているらしい。防犯対策だという)
家路に着き、こうしてキッチンにいる。
食事を必要としない弟は「兄を頼みます」と鎧の擦れる音と共にお辞儀をして分かれた。
肉を細かく切り、ジュっ音がする鍋で炒める。
そういえば、先に『玉ねぎ』を炒めるのではなかっただろうか。
あれは、カレーの時なのか?
まぁ、食べられればよいかと思い直して、肉にワインを加える。
アルコールの飛ぶ音が聞こえて、
シチューなんて面倒くさく、このまま肉を焼いて食べればいいように思ってきた。
こんな提案を一応してみるかと横で野菜を切っていたエドワードに向き直る。
「なぁ、鋼の・・・何をしているのだね」
提案を口にする前に、その奇妙な光景を尋ねずにはいられなかった。
肉を切り分ける前から、彼は『玉ねぎ』を相手にしていたはずだ。
時間の経過から言えば、とっくに攻略して、ニンジンだか、ジャガイモを剥いていていい頃。
なのに。
彼はいまだに『玉ねぎ』を手にしていた。
「やっぱり話・・・聞いてなかっただろ」
生身の左手で剥いた『玉ねぎ』を掴み、こちらを睨む。
睨みたいのはこちらの方だと思いながらも、話の続きを聞く。
「なんだと言うのだね」
ジュウジュウと音を立てる肉を気にしながら、
火を細める。
「なんか、『玉ねぎ』ってさ・・・サルにやると最後まで剥いちゃうらしいんだ」
「はぁ?」
彼は『玉ねぎ』をずいとこちらに差し出して、訳の分からないことを言い出した。
つんとした『玉ねぎ』の匂いが鼻を通り抜けて、目が痛くなる。
「サルが剥くと、食べる前に全部剥いちゃうんだって!!」
・・・・だから?
全く持って、これからシチューを作ろうという時に関係のない話だと思うのは私だけだろうか。
サル。・・・サル。
「サルが剥いたからといって、君までそれを剥いてしまう訳ではないのだろう?」
まぁねと苦笑いを浮かべてまな板に目線を返す。
やっと切る気になったのだろうか。
「オレンジ色の皮だけを剥いて、食べちゃえばいいのに。
丁寧に最後まで剥いてしまって、残るものは自分が皮だと思ったものだけ」
トントンと。
握っていた『玉ねぎ』は人によって皮と区別されて、みじん切りにされる。
剥いた時よりもキツイ匂いが辺りを包む。
「食べようと思えば食べられるのに、それには気付かない。
労力をかけただけで、得られるものは何もない」
切られる『玉ねぎ』
繰り返される少年の言葉。
ジュウという肉の焼ける音。
「あぁ、涙を拭きなさい。この『玉ねぎ』は強力すぎる」
トントン。
ポタリ。
真実を知るのは誰か。
何も知らずに皮だと思って剥き続けたサル。
皮と区別し食べる人間。
しかし、得られるものは何もなかったのか。
キツイ匂いに目を細め。
その匂いにつられて涙を流す。
サルは泣いたか?
人は泣いたか?
それは、食べられなかったモノへの悲しみか。
食べられるモノへの感謝か。
涙とともに作るシチューの味が、
願わくば君の求める味であるように。