さようなら。そして、こんにちは。
あぁ、世界はなんて狭量なのだろう。
こんなにも満たされないもので溢れていながら、
それすら満たすことが出来ないなんて。
背には白い壁。
それは嫌味なほど白い。
一点の曇りも無い白さなんて病的か或いは恐怖を与えるモノで。
それは1つも足跡の付いていない真っ白な銀世界よりも、
よほど稀に見る白さだ。
そんな壁に背をズルズルと押し当てしゃがむ。
いつもは裾なんて気にしない真っ赤なコートの裾が今日ばかりは気になって、
小さな女の子が、初対面の紳士に挨拶して見せるみたいに、
音の違う両方の手で。
親指と人差し指で、端を小さく摘まんで持ち上げてみる。
なんて滑稽な様子だろう。
こんな風にしゃがみこまなければ、裾なんて全く気にならないというのに。
まして、こんな場所に来なければいい。
薄汚れた印象の廊下は、背の白さと反して。
厳しさだけを突きつけるようにして長く延びている。
失う事を恐れては、前には進めないと誰かが言った。
バカだなぁ。
きっとそいつには、失って恐いと思うほど大切なものなんて無かったんだ。
そうに決まっている。
失う事が恐いから、こうして進んでいるのに。
そこに留まってしまえば、偽りなく失うものが確かにあって。
それを自分は決して失いたくはなくて。
目の前の光り輝く宝石たちは、
どんなにこちらを眩しくしているか知っていながら輝いているのだろうか。
こんなに惨めなポロポロが、
キラキラ輝くモノを見て、どれほど切に請願っているのか知っているのか。
行きたい場所は、行きたくない場所。
そこに居ても、自分はきっと楽しめないだろうなぁ。
そうだよ。
そうなんだ。自分は楽しめない。
うん。
楽しんでは駄目なんだと。
もしかしたら、暗示でしかないかも知れないけれど、
そんなことには目を瞑ろう。
それは見なくていいもので、自分が見なきゃいけないものは、
その宝石たちよりもたくさんたくさんあるんだから。
今日はとても悲しくなりました。
開く事が出来ない扉は、いつだって自分の前にあって。
煌々と光りながら、いつそのドアノブに手をかけるのか笑って見ているのです。
手の中にあった一通の白い封筒は、
廊下の角にあったゴミ箱へ捨てました。
綺麗な蝋で封をされただろうその便りは、自分を誘うものでした。
決して相容れたくはないと言いながら、
その心地よい空間に、少なからず流されている私です。
もしかしたら、ここに来て「ただいま」と言っても許されるのではないかと。
そんな間違いを自分に起こさせるのです。
煌びやかな衣装など、自分には似合うはずもないのです。
血のように赤いコートを、淑女のようにヒラリと翻そうと、
その空間に自分は居る事など叶わないのです。
ドアの奥からは、ワルツの音がリズムに合わせて聞こえてきます。
きゃらきゃらと美しい人の声と、笑い声。
こんにちはと言いました。
そして、次にはさようならと言うのです。
決して、「ただいま」と「行ってきます」とは言わないのです。