「うそだ!」
エドは頑なに言い張った。
その声は何よりも綺麗でとても願いに満ちている。
そこにいた軍人たちもそうであればいいと思った。
中央司令部、ロイ・マスタング少将。
巡察地:ロードリナスにて反乱軍内部の抗争に遭遇。
応戦の末、行方不明。
捜索の結果、死亡との報告あり。
「ロイが・・・死んだだって!?」
知らせを受けた彼の部下たちは、すぐにその真偽を問うた。
本来ならば最初にしなければないないのは、「家族への報告」
しかし、部下たち自身でさえ、その報告を信じられないでいたのだ。
あの、ロイ・マスタングが死んだ。
一昼夜ありとあらゆる情報網をかけて、
彼らはその真偽を追った。どこかに裏があるはずだ。
そもそも、側近の部下を付けず、将軍であるロイが巡察にいくような土地ではなかった。
ロードリナスという土地は。
誰もが不思議に思い、その巡察に意を唱えた。
若くして将軍になった男を全ても者が祝福している訳ではない。
とって代わられるかもしれないという猜疑心を持って彼の命を狙うものは多い。
いや、多かった。
「少将、護衛をお付けください」
ホークアイ大尉はロイに詰め寄った。
罠であると知りながら、単身乗り込む様子の上司を心配しているのは部下だけではない。
「それの事なのだが・・・・」
「エドワード君。すぐにここから逃げた方がいい」
ホークアイは取り乱すエドにゆっくりと、しかし、はっきりと言葉を伝える。
「逃げるだって!!なんで逃げなきゃいけないんだよ!!」
いつもは決してホークアイを睨んだ事などないエドがその瞳を鋭くする。
その眼に「なぜロイを1人で行かせたのか」という非難の色を感じて、
一瞬言葉に詰まるが、それでも一刻を争うことに変りはない。
「「ぎゃ〜うん」」
エドの声に泣き出してしまった声が2つ。
えぐえぐという涙をすする音と共に、2つの泣き声が司令部を包む。
その声に我に返ったのはエドで、座ったソファーから身を起こし、
足元に置かれた大きな籠に近寄る。
「あぁ、ごめんな。びっくりしちゃったね」
よしよしと掛けられた毛布をポンポンと叩きながらあやせば、
大声はピタリと止み、再びすやすやと寝息が聞こえ始める。
動きを止めた軍人たちの前に居るのは、
まさしく母親。
ずっと見てきた子どもが確かにその顔を緩やかにするのを見て、
たまらず切なくなった。
最初に泣き出してしまったのはフュリーで、その肩を叩くファルマンも辛そうだ。
司令部に居るのは軍人とエドワード。
そして、エドとロイの生まれたぱかりの娘たち。
ロイが視察に行く二週間前に生まれ、
祝賀会をしたのがその5日後。
生まれてからたった二週間しか娘と過ごす時間がなかったというのか。
生まれたからたった二週間しか父と過ごす時間がなかったというのか。
それでは、あまりにも。
「ロイが死ぬわけない。・・・娘を残して逝ってしまうなんて」
その声は、きっと自分に言い聞かせているものなのだろう。
そう軍人たちは思った。
「エドワード君。私だって少将が貴方達を残して死んでしまったなんて信じている訳ではないわ」
「だったら!!」
「でも、だから、貴女はここから離れなければならないの」
毅然とした言葉で。
「俺は、ここでロイを待つ!死んでないなら!生きているなら!!
きっと帰ってくるのは・・・」
この言葉は、少将の言葉。
きちんと間違いなく伝えなければならない。
敵も味方も分からないと呟いた彼の、願いを。
「貴女は狙われている。そして、子どもたちも」
響いた言葉に反応したのはエドだけではなく、
腹心の部下と長年共に戦ってきた軍人たちもであった。
「どういう事っスか!?」
最初に声をあげたのはハボックだった。
横でブレダが飛び掛りそうな勢いのハボックを体で抑える。
誰もが真実と虚偽との狭間で、耐え難い心痛を訴えているのだ。
「軍上層部はロイ・マスタングを危険分子だと判断した。けれど、その力は惜しい。
そして、その妻であり、最年少国家錬金術師であったエドワード・エルリックの力もまた。
それらを同時に手にできる機会を彼らは窺っていた。決して歯向かう事のない犬として欲したのよ」
ギリリと歯を食いしばる音がする。
その音が誰のものであるかは定かではないが、または司令部にいる全員のものであったかも知れない。
「焔と鋼の力を受け継いだ子どもが生まれた。
それは軍部にとって吉報として届いた。これで力が手に入ると」
「そんな話・・・聞いてない」
「少将が暗に全てをもみ消していたのよ。
誰が軍に娘を売ることができようかと」
ハラリと涙が零れるのを見た。
決して泣く事のなかった少女の涙だった。
「あっあいつ・・・一言もそんな事言わなかった。
抱きしめて、笑っていたんだ。ずっと愛して2人で幸せにしてやろうって・・・」
眠る子どもたちを抱き寄せるようにしてエドは膝を折った。
それは何かに祈るような姿勢でもあり、
泣き崩れる女の姿でもあった。
「今、この場所に貴女を守れる人がいなくなった以上、ここを離れなければいけない。
・・・少将から、そう頼まれているの」
軍の支配制度に嫌気が差す。
人を守りたくて入ったのではなかったか。
こんなに頼りなく見える肩を支える事ができる力を誰も持っていないなんて。