この手が消えてなくなればいいのに。
貴方に縋って泣き叫んで。
そうして夢のように消えてしまえればいい。
いつかフカフカの水鳥の羽で出来た布団に包まって、
琴の音色のように静かで伸びやかな声に誘われて、
早く早くと強請って聞かせてもらったあの童話のように。
「昔々のお話」をベッド脇の電灯だけで、
まるで内緒話をはじめるみたいに、肩を合わせて聞く。
ペラリと繰られるページの先に、
煌びやかな衣装と、彩色鮮やかなお城が現れる。
笛がなる。太鼓も響く。
歌は高く低く軽やかに。
王様が偉そうに金色の玉座に持たれ、
お后様は重そうなティアラを載せて、
下部たちは美味しそうな料理を運ぶ。
夢のようなお話の先に、
いつも決まって訪れる結末。
『お姫様は、泡になって消えてしまいました』
とても怖かった。
大好きな人に好きだと伝えられないまま。
自分のしたことを分かってもらえないまま。
帰るところもなくしてしまって。
そうして1人で朝の海に身を投げる。
シュワシュワと流れるそれは。
まるで真夏のソーダー水のように清らかだったことだろう。
カラリと鳴る冷たい氷の隙間に、水面を目指して上がる泡の粒。
お姫様は笑っていただろうか。
それとも泣いていた?
苦しいと訴える胸を掴んで、
生まれた場所に身を投げて。
呼吸が出来ていたはずの水中で、
息が出来ずに死が訪れる。
願ったのは、王子様の幸せただ1つ。
自分でなくとも良かった。
彼が笑って過ごせるならば。
彼が幸せを掴めるならば。
それで良かった。
胸はいつまでも痛んで、ここにあるけれど。
それでも、彼が笑っている。
彼の幸せが私の幸せなのだと、
そんな馬鹿げたことは思えないけれど。
それでも、彼が幸せでないならば、
私の幸せなどありえない。
ねぇ、だから。
『鋼の、今度結婚することになってね』
報告の為にかけた一本の電話。
あぁ本当に。
まるで明日の予定を何気なく口にするくらい簡単に。
そんな大事なことでもないと言うように簡単に告げるものだから。
『あっそうなんだ、おめでとう』
と、今考えれば、声が震えただろう言葉を当然のように口に出来た。
聞けば、もともと政略結婚の色強いお見合いだったのだけれど、
今までの女性とは違い、彼女は博識で。
国家錬金術師でもある大佐の話を少なくとも理解する事ができたのだという。
見目麗しく頭もよくて、加えて父親は権力者。
はやく結婚しろとせっつかれていたのだから、これはいい機会とばかりに、
話は進み、あれよと言う間に婚姻の手続きは終了したらしい。
あぁ、俺ってば、あんたは結婚しないと、どこかで決めつけていたのかも知れない。
だって、いつも浮名を流しているくせに、
結婚となると話をはぐらかして。
『私の相手が出来る女性はいないものかね』
なんて、軽口を叩いて。
『私と対等に話が出来るのは・・・・そうだね、君ぐらいか』
なんて、残酷なことを言ったのだろう。
恋なんてできるはずはないけれど。
性別だって偽ったままだけれど。
それでも。
それでも期待してしまったじゃないか。
いつか魔法のように願いが叶って、
醜かったこの体を抱きしめて、祝福のベルが鳴る日のことを。
そうして。
伝えることのできない言葉。
伝えられなかったこの思い。
きっと人魚姫のようにきれいな泡には成れないこの体。
遠くベルが鳴る。
彼の為に鳴らされた祝福のベル。
これが私の鎮魂歌。
この胸の想いはすべて泡になって海に消える。
そうして、明日何事もなかったように、
私は貴方の前に現れて、
「よぅ大佐。いよいよ年貢の納め時だな」と言うから。
どうか、照れて笑って。
「君も早くいい人を見つければいい」と。
本当に幸せそうに笑ってくれ。
あんたが笑ってくれてれば、
それでいいんだ。