ずっと傍にいると約束したね。
あれは雪の降る静かな夜だった。
外は街灯の明かりで紫色に光り、キラキラと落ちる雪がまるで星のようだなんて
そう言いながら、君の金色に輝く髪にそっと触れたんだ。
足音が遠ざかり、恐怖に震えているのは君かい?
遠ざかるその足が止まるのを待つ。
ずっと傍にいると約束したんだ。
「衛生兵は?!!!早くっ」
副官の悲鳴のような声が響く。
荒れた大地の乾いた土埃は呼吸の先に張り付いて、まるで息の根を止めさせようかとしているようだ。
蒼い軍服はすでに泥と埃と血によって、鮮明な色からどす黒く変色し、
髪はパサつき、返り血に塊をつくる。
まるで時が止まったかのように、崩れる体を眺めていた。
流れる銃弾の雨に、染色の雨を見た。
こんな色の乏しいその荒れた大地に似合わない赤色の雨。
嘘だろうと。
意味を把握するより先に、唇は戦慄きに振るえ、
金色の、こんな場所でも輝くばかりの金色の髪が、編まれた紐から解き放たれて、
そうして散らばるようにして螺旋を描く。
「エドっ!!!!」
違う。
違うだろう、ハボック。
あの大地に抱きとめられたあのボロ雑巾のような小さな体が。
止めどなく溢れる赤に染まるあの細い肩が。
あの子のはずがないだろう。
そんな訳あるか。
『国家錬金術師の資格を返上しないのかい?』
『・・・・だってあんたの傍にいるって約束したじゃないか』
あぁ、時よ戻れ。
あの時の浅はかな私。
平和に近づいているとそう思っていた。
まさか、あの悲劇が繰り返される戦場が再び起こるなんて。
もうすぐ手に届く幸せと。
蒼い軍服を着て、「早く書類を提出しろ」と怒りながら笑う愛しい君。
なんと幸せなのだろうと。
一緒になろうと、細いリングを贈った。
取り戻した手足。
郷里には弟の姿。
手に入れられるはずだった、望んだ日常が。
するり するり と。
細く白い指の間から零れ落ちていくようだ。
こんなことがあっていいのか。
こんな・・・。
こんな風に君が倒れるために。
その為に生きてきた訳ではない。
過ちだって繰り返した。
その分傷ついてきたじゃないか。
罪を犯した事も知っている。
それでも受け止めた儚い腕がここにある。
こんな荒れた大地の上に、
そんな姿で倒れる為に。
そんな事の為に、彼女は必死に走ってきた訳じゃない。
そんな事があってたまるか。
「エドっエド!!!!」
銃弾の雨の中、ハボックが褐色に染まった彼女を抱いて陣に戻る。
揺さぶられるその手は、ガクリガクリとまるで糸で操られる人形のよう。
意思の欠片も見受けられないようなそんな恐怖。
担いだまま、腹に手を当てて運んでいたのは、そこが傷口であるからか。
不気味に溢れてくる 赤 あか アカ・・・。
夕焼けに染まる空の茜。
庭先に咲くチューリップの色。
夏の菜園に実る熟したトマト。
暖かい赤をこの目で、君と見ていたけれど。
こんな色は知らない。
知りたくもなかった。
動けない。
嘘だろうと、嘘だろうと。
現実なんかである筈がない。
さぁ目を閉じろ。
夢が覚めるのを待つんだ。
戦場ではなくて、暖かなベッドの上。
びっしょりと汗をかいて魘される自分を見かねた君が、そっと名を呼ぶ。
取り戻した腕でそっと揺すられて、覚醒を促されるのだ。
「怖い夢を見たよ」と言って、同じシャンプーの香りのする君の髪にキスを贈るんだ。
「ばかだなぁ」とくすりと笑って、
「ここにいるよ」と腕の中に。
ずっと傍にいると。
魂が消えないように、抱きしめる。
「痛いよ」と君が言えばいいのに。
そうして離れないように。
軍服の色が変わる。
褐色に染まる。
染まっていく。
ずっと傍にいると約束したんだ。