10月のリゼンブールはサラサラとした風が吹く。
夏の暑さでもなく、厳しい冬の寒さでもないその時期は、
草の匂いや幾分和らいだお日様の光が温かいそんな感じを受ける。
田舎の秋はとても静かで、
中頃に行われる収穫祭を除けば、一年で最も静かな頃かもしれない。
そんな時期でも、騒がしさが溢れている一軒の家があった。
そこには、古くから家業を営む機械鎧技師とその孫とその幼馴染。
この孫娘と幼馴染はいずれ夫婦になるのだろうと田舎の者たちは思っている。
そして、その幼馴染の青年には姉がいて、
何年か前に昔に焼いた家を建て直して、そして嫁にこの村を出て行った。
仲の良い姉弟が長い間旅をしていたのを知っていた村人たちは、
やっと帰ってきた姉弟が村に帰って来てくれてとても喜んだから、
お嫁に行くのだと聞いたときは、祝福の反面寂しさもあった。
いつも2人でいた姉弟だから、
姉について弟も村を出て行ってしまうのかと思ったが、
その予想は逆転して、いつも姉についていた弟は1人この村に残った。
「姉さんには、幸せになってもらいたいのです」と弟が言った。
「アルには、幸せになってもらいたいんだ」と姉が言った。
ならば、2人でいなくていいのかと村人は心配した顔をしたけれど、
「だから、今度は2人でなくて、それぞれの大切な人を幸せにするんだ」と
本当に笑ってそういうものだから、そんな風に考えられるような大人になったのだと、
村人たちは寂しさと喜びのために酒を飲んで、歌って、2人の門出を祝った。
なぜ、この家が今騒がしいのかと言えば、
姉弟がケンカをしている訳でも、
幼馴染が悪戯の計画を立ててそれを祖母に見つかったからでもなかった。
帰ってきているのだと駅長が言った。
帰ってきたのよと果物家の女将が言った。
暖かくしなければならないから、憲兵は馬車を使って家に連れて行ったのだと
しわの深くなった顔を緩めて話した。
ヤギの乳はいいのだからと、朝一番に絞って届けた農夫がいた。
そう、帰ってきていた。
姉は一緒になった旦那とともに、
大切そうに愛しそうに抱いた子どもとともに。
知らせを聞いた村人たちは、
両手いっぱいに贈り物を抱えて彼女の家に向かった。
途中で、もしかしたらとドアを叩いたのは、かつてそこに暮らしていたからで
馴染みの機械鎧技師の家に寄ったが、
「家に帰っているよ」と聞いて、「そうか」と笑って返して、
程なくしてある、新しいけれど懐かしくもある家のドアを叩くのだった。
リンゴを作っているマアサおばさんは、籠いっぱいのリンゴと特製のアップルパイ。
木材店のジージおじさんは、子どものためにと木製の木馬を二つ。
生地屋のマリンダと仕立て屋のブルカは家に来てから、可愛らしいレースと
赤い布で子どもの服をその場で仕立てた。
村人たちは嬉しかった。
この子ども達の母親は、とても悲しい思いをしていたことを知っていたから。
とても仲の良い家族で、賢く強い子どもたちで。
母親はとても気立てがよく、居ない父親の分まで子ども達を愛し大切にしていた。
それが、急に変化して、
変えられない事実に村人たちは悲しんだ。
母親の病は酷く、倒れて時間を置かず黄泉へと旅立った。
大泣きする弟の傍で、唇を噛み締めていた姉を見た。
どれほど辛いだろうに、弔辞にきた大人に挨拶をした。
抱きしめてやれば、きゅっと服を握り返して「ありがとう」と小さく言った。
それから、腕の良い錬金術師に弟子入りをして、
錬金術を操れるようになったらこの村でも働けるからと安心した。
幼い2人であっても、あの2人の錬金術ならば心配ないと言い合った。
しかし、何の事故があったのか、
姉は右手と左脚を失ったと聞かされた。
そして、機械鎧をつけたのだと。
弟はどうしたのかと尋ねれば、養い親と言えるピナコは、
無事だけれど酷い怪我をしてしまったから、それを見せたくはないと鎧を着ていると返した。
村人は悲しんだ。
どうして、あの姉弟ばかりと嘆いた。
そうして、どうにかして手助けしてやれないだろうかと相談した。
ピナコが言った。
「軍の偉い人があの2人に道を示したよ。国家錬金術師になれと。」
村人は反対した。
確かに、錬金術を使えば機械鎧であっても、鎧を着たままでも、職につける。
しかし、国家錬金術師は駄目だと。
そうなれば、この田舎ならばともかく、世間は冷たく接するだろう。
あの姉弟ではなく、国家錬金術師として判断して、罵倒するだろうと。
どうにか、そうならずにこのリゼンブールで助けていけないだろうか。
「エドが決めたことだよ。私らは、あの子たちが帰って来たときに守ってやればいい」
泣き出したのはマアサおばさん。
母親が子どもの誕生日にアップルパイを焼くからレシピを教えてくれないかと聞きにきた。
拳を強く握ったのはジージおじさん。
母親が遊びたい盛りなのと分けてもらった材木で庭の木にブランコを作っていた。
肩を震わせたのはマリンダとブルダ。
母親が冬のためにと暖かな毛で出来た生地を買い、コートの仕立てを頼んでいた。
村人は頷きあった。
世間がどれだけ冷たく言おうと、この村に帰ったなら今まで通りに迎えようと。
国家錬金術師としてではなく、リゼンブールのエルリック姉弟として迎えようと。
そんな2人をずっと見守ってきた村人は、
とても嬉しかった。
暖かな笑顔をしている姉、エドワードは母親のそれにとてもよく似ていた。
抱かれて眠っている子どもは、エドワードの髪の色をしていて可愛らしかった。
旦那はエドワードを国家錬金術師へと推薦した中央のお偉いさんだと、
結婚を報告した時に聞いていたから、どんなに年上かと思ったが、歳の割りに童顔だった。
一度くらい文句を言ってやろうと思う村人に、
本当に幸せそうな顔を見せるものだから、誰も何も言えなかった。
村は騒がしかった。
子どもが泣けば声は村中に響いたが、「元気だね。あの子の小さい頃を思い出す」と
村人たちは笑いあった。
家族で買い物にくれば、母親と父親の両方に抱かれた赤ん坊を見て顔を緩ませ、
「これも持っていけ」と、新鮮な魚や余分にグレープフルーツを差し出した。
「そんなに持てない」と断るものだから、「持っていってやる」と
家族4人の買い物は、ずらずらと村人の大行進になって家まで続いた。
「ふふっ」
双子を寝かしつけたリビングに、ロイの笑い声が響く。
「っなんだよ」
手で口元を隠しているのに、こぼれて来る声にエドは疑問を投げつける。
「いや、とてもすごい人をお嫁さんに貰ってしまったと思ってね」
「?」
「君と別れることにでもなったら、私は村の人たちにどうされることか」
エドはロイがクスクスと肩を揺らして笑うから、とても悔しい気持ちになる。
ブスッと頬を膨らまして、
「知りたいなら、明日にでも分かれてみるか?」と拗ねたように言ってみる。
すると、ロイは笑い声を止めて、エドの腰に手を回し、
すぽっと腕の中にその体を抱きしめた。
「冗談、そんなことは知らなくていいし、知りたくはないね」
ご機嫌をとるように頬を擦りあわし、チュッと額にキスをする。
どんなに自分の奥さんが皆に愛されていたか知って、
嬉しいけれど、すこし嫉妬したことは
旦那さんだけの秘密。
皆にどれだけ愛されたとしても、
腕の中に抱いて、キスを許すのはあんただけだと思ったのは
奥さんだけの秘密。
幸せに、幸せに。
いつでも帰って来たなら、自分たちの出来ることだけだけれど、
それでも両手いっぱいの幸せを。
今度は、姉弟だけでなくて、
あの家族皆に与えてあげたいと思ったのは、
村人だけの秘密。
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それぞれの想い | ![]() |