明るい日差しが辺りを包む。
ぽかぽかとした陽気に誘われて昼食を外で取ることに決めた。
司令部から程近い位置にある公園へと出かける。
ここ東方司令部は外面の良い上司のおかげなのか軍人でありながら
あまり嫌悪されていない。
手を上げて挨拶を交わしてくれる陽気な店主や果物を分けてくれるおばちゃんも多い。
昼休みの時間はほぼ1時間。
有事の時以外はローテーションでその時間をとる。
トコトコと蒼い軍服を背中に引っ掛けるようにして持ち、
売店の前に行く。
「おばちゃん、ホットドック1つね。」
ワゴンの中に窮屈そうに納まっているおばちゃんは
白い前掛けをして頭には頭巾を被っている。
「あいよ」という声が響くと、カチャリと金属の擦れる音がする。
そんな小さな音は大切な人を思い出させて、嬉しく少し寂しく思う。
パンの中に茹でたソーセージを挟んで、特製のケチャップとマスタードを塗付ける。
ケチャップにはぶつ切りにされた玉ねぎが入っていて、触感がいい。
ここが人気なのはその特製ケチャップの味だと思う。
「これも持っていきなね」
ホクホクと湯気を立てている蒸かし芋とチキンのソテーが入れられた容器を渡される。
「いいんスか?」
「下手な遠慮はするもんじゃないよ」
あっバレました?
これもまた結構期待していたりする。
以前、息子に似ているんだよと嬉しそうに言っていたおばちゃんの顔と、
軍人も大変だねと労ってくれた声を思い出す。
来るとこうしてメニューには載っていないような品を手渡してくれるのは
薄給の自分にとってかなり有り難い。
特製ケチャップ以上にここに通っている理由だったりする。
ベンチに座って「いただきます」とペコリ。
誰もいないのだから、挨拶をしなくても咎められたりしないのだけれど、
小さい頃から食べ物に厳しかった躾はこんなところにまで罪悪感を持たせる。
「食べ物には感謝を」
それは小さな頃から言われていた言葉で、
きっとそれをせずにガブリとパンに噛み付いてもいいのだろうけれど、
それをしたらきっと美味しさは半減してしまうのだろう。
心のどこかに何かひっかかりを感じてしまうのだろうから。
はぐはぐと口を動かし、食べ物を咀嚼していく。
辺りはとても静かで風がサワサワと通り過ぎていくのを感じる程度だ。
「あれっ少尉?」
自然な流れに身を任せていた時に、声が響く。
それは間違えようもない声で、すぐに自分を現実の中に引き戻した。
「お昼なの?」
パタパタと走りよってくるその手の中にも
自分と同じ包みが抱えられている。
「おうっ大将!!久しぶりだな」
ひょいと手を上げて答えてやれば、コクリと頷いたので、
久しぶりだと返事を返してくれたのだろう。
ベンチの横に腰掛けて、並んで座る。
どうもこの少女は、こちらがどれだけ心配しているかなんて気付いていないようだ。
あの黒髪の野心家も、金髪の副官殿も、彼女が来たときは本当に機嫌が良い。
その反面、何の連絡も寄こさずに、
新聞にでかでかと記事が載った時の恐怖はひどいものであるが。
その記事というのが大抵危険を孕んでいるのだから始末が悪い。
体には自信のある自分でさえ、胃薬を常備しなければならないかと考える程だ。
パンと勢いよく手を合わせて、「いただきます」と言う。
その仕草は練成する時と同じもの。
少しお辞儀をするようにして食べ物に対して敬礼。
この子はきっと隣に自分がいなくても、こうするのだろうと漠然とそう思う。
命のやり取りにとても敏感なこの少女はそうして食べ物を摂るのだろう。
それでも、こうして何の疑いもなく、この横に座り
美味しそうにパンを食べている姿を見れば言う言葉が浮かんで来ない。
日々の生活を窘めるような言葉であったり、
もう少し大人しくしないと駄目だといった言葉であったり。
そんな言葉では縛れないと知ってもいるのだけれど。
隣でパンを頬張る少女が、
弟の横で食事をすることを嫌がっているのだと気付いたのはいつだっただろうか。
食べる事が出来ない弟を案じているのだと気付いたのはいつだっただろうか。
心配し過ぎるほどに構いたがる上司が、
彼女を食事に誘わない理由はそれだったのかと気付いたのはいつだっただろうか。
「・・・ここの特製ケチャップ美味しいだろ」
「うん!美味い!!」
美味しそうに食べるその姿が曇らなければいいのに。
馬鹿な大人は忘れてしまいそうになるけれど、
まだまだ擁護されていい子どもはただ笑っている。
その笑顔に騙されて、「子どもはいいよな」なんて言うのは愚かだけれど、
そう安心させるように笑ってくれる子どもの笑顔は少し悲しい。
お前の本当に笑った顔が見たいと思う。
嬉しくて泣いた顔も見たいと思う。
このホットドックが三つ並んで、
一緒に食べられればいいなと思う。
その為に出来ることなんてとても小さな事なんだろうけれど、
それでもそう願わずにはいられない。