どこがどうして何がどうなってこんな話になったのだろう。

割と苦労人の金髪少尉は頭を抱えたくなった。

と言うのも、目の前の小首を傾げて見上げるような仕草をしているのは、

まぎれも無い思い人であり、その疑問の内容はあまりに突飛であった。

 

 

「なぁ〜どうなんだよ少尉ぃ」

 

間延びして聞いているその声は堪らなく可愛らしいのだが、

その内容は返答に困るものであった。

 

 

事の始まりはエドが今日は暑いなぁと襟元をくつろげたことだった。

知っているものが少ないとは言え、つまりは女性な訳で。

「そうか暑いか!なら涼しいところに連れてってやるよ」と半ば無理やり執務室から連行。

あんなハイエナばかりいるような場所で純粋なのか無邪気なのか、そんな所作を見せられては堪らない。

余裕が無いと思うなら思え。

実際にそうだ。

誰が自分の大切な人のくつろげた姿など他の男どもに見せたいなどと思うか。

 

 

勢いに任せて執務室を出たとこまでは良かったが、涼しいところにあまり覚えがない。

ふらりと足を向けたのは、エドがよく知る・・・まぁ書庫であった。

真夏でも涼しいその部屋は、春の今適度に涼しい。

軍に勤めている自分よりも、もしかしたら遥かに長い時間をこの場所で過ごしているだろうエドに、

案内など滑稽だとは思ったが、エド本人は「おぉこっちのが涼しい」と機嫌がいいので、よい事にしよう。

 

「あんな・・・エド。あんまり人がいるとこでその・・・バタバタするの止めた方がいいぞ」

「バタバタ?」

「そうバタバタ」

 

何を言っているのか分からない様子のエドに、先ほどの所作を真似て、

軍服の襟元をバタバタと仰いでみる。

それでも「何で?」と顔に書いている少女に、自分が周りから向けられている目というものを

知って欲しいと切に願った。

 

「あんな・・・エドは女の子なんだからな。その・・・胸が見えるだろ?」

「なっ///なんだよっそれ!!」

 

やっと頬を赤くしたのを見て恥じらいがあることに安堵する。

これでも「何で?」とか言われたらどうしようかと思ったのだ。

 

「まぁそういう訳だよ。」

ぷいと窓のほうに向いてしまったエドは耳まで赤くなっているようだ。

揺れた金色の髪は、編まれていて、くるりと線を描いてまた肩に納まった。

男の体とは違い隠しきれない曲線と、編んでも型の残らない柔らかな髪。

こんなにどこもかしこも少女であるというのに、世間はどこを見ているのだろう。

それでも求めるものの為にそれを欺き続けなければならない。

 

 

段々と自分の意識が降下しているような気がするなぁとぼんやり思いながら、

こんな気分の時に必ず咥えるタバコは未だポケットの中。

背が伸びない事を気にしながら怒るエドは、タバコの煙を嫌がっている。

それは実は表向きの顔なのだろうけれど、自分としても少女に煙たい香りは似合わないと思う。

だから、今は吸えない。

 

 

「少尉はさぁ・・・大きい方が好きなの?」

「へ?」

 

何やらとても崇高な考えをしていたような気がするのに、

エドから漏れた言葉はどこか気が抜けるものだ。

えっと・・・何が?ってアレがっスか?

 

「えっと・・・それが?」

「あぁ・・・まぁ・・・うん。これが」

 

指差した先をむにっと手で掴んで見せる。

恥らっているくせに、その行動はどうなのだろう。

っていうか、止めろ。

 

「エド・・・おまえなぁ」

「どうなんだよ。大きい方が好きなのか?男の人ってそうなんだろう?」

 

 

このどこまでも頭のいい国家錬金術師殿は、

あまりにも同い年の友人が少ない事からこのような話や経験が少なかった。

もちろん目指すものの為にそんな事をしている暇は無かったということが、

いたたまれないような気持ちにさせるけれど。

いや、過保護すぎる弟のせいなのかも知れないけれど。

 

 

「やっ・・・ちょっと待て。なっエド」

「なんだよ〜教えてくれたっていいだろ?」

 

聞いてどうする。

それよりもその掴んだままの姿勢をどうにかしろ。

 

取り合えず、落ち着け、俺。

たとえ幼くとも思い人が酷く誘惑的な所作をしていようとも。

落ち着け。

 

 

「あぁっとだな。そんなのは個人で違う事だし、好みだ」

「だから、少尉はどうなんだよ」

 

 

・・・それを聞くか。

俺だって聞きたいさ。

年上のお姉さまで、出るとこ出て、閉まるとこ閉まって。

まぁ妖艶な感じというのかそんな女が好きなんだろうって思ってたさ。

 

あぁ、あぁ。

それがどうした。

いや、別に後悔とかそんなこと思いもしないけれど。

それでも今、心の中に居て。

きっとこの先も思い続けてしまうのだろう本人が目の前にいる。

 

この小さな体(言うと怒るけれど)に悲しい程の決意を秘めて、

鎧の弟の手を引いて、傷つき歩くこの少女を堪らなく愛しいと思ったのだから。

 

 

 

お前が好きだと言えたら、きっと俺は楽になったりするのだろうけど。

それでも、お前の歩む道を止められないのは分かっているから、

せめてその足枷にならないように。

出来るなら、そっとかばって、そっと守ってやれればいい。

 

 

今は、もう少し。

 

 

「ばぁか。大人をからかうんじゃありませんよ」

 

「なんだよ!そっちこそ子ども扱いするんじゃねぇ!!!」

 

 

早く大人になってと願うのは大人のエゴだけれど。

いつまでだって君を待つ。

早く。

その為に、俺が出来ることはある?

これからずっと探していくから。

願わくばここに帰って来てください。

ハボエド子

初春の暖かさに