「豆・・・まき?」
『だぁれが、豆みたいでよく見なきゃ分からないようなチビかぁ!!』
司令部で豆まきなんて聞きなれない言葉を聞けば、
すぐにでもそんな声が聞こえてくるような気がする。いやはや、人の記憶力とは面白い。
実際には、その声を発しただろう人物などこの部屋にはいない。
あの金色の少女は。
今では、小柄だからと言って、何を言われる事も無くなったと言っていい。
以前は、自分の性別を偽ってまで、望むもののために旅をしなくてはならなかった。
長く険しく、行き先さえ明確にあるとは言いがたい旅であった。
だからこそ、「男」であるという名目の為に、彼女は「彼」でいなくてはならなかった。
それがコンプレックスとなり、「小さい」という単語に異常な固執を見せていたのだ。
強く在らなくてはならず、前に進まなければならず、
小柄だと揶揄する全てに、「男」としての対応をしなくてはならなかった。
「少女」だと知った時には、その言葉とその反応がとても痛々しかった。
可愛らしいよりも、強くならなければならなかった少女は、
「小柄」であることを良しとしていないのだから。
そんな少女が妻となり、母親となり、傍にいてくれる事が、くすぐったさと共に、
確かな暖かさを連れてくる。
赤いコートと、黒の上下、厚手のブーツから、
ふわりとした柔らかい色の木綿の服を着て、腕にはミルクの香りのする幼子を抱いている。
後ろで編まれていた金髪は、ゆるやかなウェーブで肩にこぼれている。
「・・・顔がにやけておいでですよ、少将」
「・・・何これ?」
「何って豆だが」
昼間に「豆まき」を聞いて、さっそく大豆を購入して、自宅へ帰った。
妻と可愛い娘たちの事を考えて、緩んだ頬はそれでも仕事の妨げにはならず、
残業もなく定時に帰途に着くことができたのだ。
カサリと新聞で包まれたそれは、夕食がホカホカと湯気を立てているテーブルの上に置いた。
娘は既にミルクを飲んでいるらしく、ご機嫌だ。
リビングにひかれた毛足の長い絨毯の上で遊んでいる。
「・・・怒らせたいの?」
「なぜ怒る理由があるのだい」
新聞紙で出来た簡易な袋は、商店の女将さんの手作りらしい。
まだまだ「豆まき」なんて行事はそれほど知られていないらしく、
綺麗な包装紙に包まれるまでもなく、軒先の小さなスペースにちょこんと並べられていた。
どうやら、「豆」という単語は妻にとってまだNGワードらしく、
その物体を持ったままで、どう切り替えしていいものか悩んでいる様子だ。
「豆まきだそうだよ、今日は」
「豆まき?」
コクンと首を傾げる仕草は、子持ちの様子ではなく、
幼さが残っているようで、綺麗というより可愛らしい。
「あぁ、東方の島国の習わしで春を待つ時期に豆をまいて無病息災を願うらしい」
「・・・なんで豆・・・」
「なんでも豆には鬼を退治する力があるらしいよ・・・ファルマンが言っていた」
納得できないという表情をしつつも、博識な部下の名前を出した為なのか、
そうなのか・・・と一応、この状況を受け入れてくれたらしい。
「で、結局何をすればいいわけ?」
妻の手料理に満足した後で、早速「豆まき」をしようという運びになった。
部屋には娘2人が、何やらいつもと違う雰囲気に気づいたのか、
きょろきょろとこちらを見上げている。
「「あーうぅ」」
「はいはい。何をするんでしょうね」
手をパタパタと振る娘たちに、妻は頭を撫でてやりながら応える。
思わずカメラのシャッターを切りたくなる光景だが、
ここで自室のカメラを取りに走っては父親としての尊厳だとかそんなものが崩れてしまうように
感じて、踏みとどまる。
「豆を投げるんだ」
「・・・それだけ?」
手の中にあったファルマンから渡されたメモに目をやる。
確か、他にも作法的な事があったような・・・。
「あぁ、あと決め台詞があるらしい」
「ふ〜ん」
「・・・鬼は外、福は内・・・と、唱えながら鬼のお面をかぶった相手にまきましょう」
「鬼のお面?」
「相手にまく・・・」
手持ちに鬼のお面など無かったが、そこは錬金術師夫婦。
ダンボールやら何やらで、勝手に練成。
(妻の芸術作品では子どもが泣き出す危険があったので、ここは父親が作成)
「どっちが鬼役するんだ?」
「決まりは・・・無いようだけど」
ふぅんと言いながら、手元のメモを覗きこむ。
「私が鬼でいいが」
「まぁ、平等ってことで」
そんなこんなで、じゃんけん。
ポイっ!というお決まりのかけ声と共に出されたグーとパー。
妻はグーをしたままの手を目の前に持って行き、一言。
「あっ・・・負けた」
ロイお手製の鬼のお面をかぶる。
お面は、顔を覆ってしまうものではなくて、
額にちょうど小さな鬼の顔がくる程度のものであった。
小さな娘たちは、目の前で繰り広げられる全く珍しいその光景に、
きゃきゃと言いながらはしゃいでいる。
父親であるロイも手には新聞紙に包まれた豆を持っており、
目の前の妻と対じしている。
「なんか・・・こうして立ってみると、軍部祭りを思い出すな」
「そうだね。あの時も私が勝ったんだな」
「あの時もって・・・今日も勝つ気かよ!」
「当然だろう?君は今、我が家の鬼役なのだから、勝ってもらっては困る」
「・・・そうは行くかよ!」
ジリジリと間合いを計りながら、
そんなに緊迫した行事ではないはずの「豆まき」が、
錬金術師2人によって「火花がちっている」ような「豆まき」へと移っていた。
「いくぞっ!」
鬼退治の名目を持って、ロイは新聞の包みに手を入れると、
袋の中の豆を掴み、目の前の妻に投げつけるべく、振り上げた。
ガバリ
「えっ・・・エディ?」
まだ手の中に豆はある。
けれど、目の前の妻はふかふかとした絨毯の上に倒れこんだ。
状況を説明するならば、
悪代官の前で、「あぁれ〜」とか言いながら伏せ込んでしまった村娘のような格好である。
どうしたんだっと駆け寄ろうとすれば、
うるるとした瞳でこちらを下から見上げている。
瞳にはこぼれんばかりの涙が浮かび。
「・・・豆っ投げつけるの?・・・ロイぃ」
固まった。
瞳を潤ませて、下から覗いている妻。
あぁ・・・君の作戦勝ちだ。
「すみません。負けました。鬼役をやらせてください」
無駄に広い庭を寒空の下、走って逃げる。
後ろには「鬼は外〜」と叫びながら追ってくる妻。
ずるい。
まったくもってずるい。
こんな顔されて、あんな事を言われたら、
手に握った豆なんて、投げられる訳がない。
なのに、鬼役を交代した私には力いっぱい豆を・・・投げつけた。
愛を疑ってしまう一瞬だ。
それから毎年行われるマスタング家の「豆まき」では、
じゃんけんをする事無く、「父親」が「鬼役」をすることになった。
もちろん娘が成長してからも。
「あんな可愛い娘に・・・豆なんてぶつけられるか!!」
妻のストレス解散になっているとか、なっていないとか。
☆おまけ☆
さらに付け足されたメモ。
『最後に歳の数だけ豆を食べる』
「うっわ。ロイってそんなに数食べなきゃいけないんだっけ」
「・・・・・・・」