目の前の金色の塊を見つめ、ほぅと小さな息を吐いた。
自分があの大きな、ともすれば今ですらよく分からない疑問に
一応の決着とも言える答えを見つけたのはこの子たちぐらいの年齢だっただろうか。
あの鈍い痛みと深い後悔を自分に与えた出来事を、
実感したことは終ぞなく、いつも自分をどこか置いたままにして横の大人たちが騒いでいた。
けれど、無くしたという事はまぎれもなく自分に対して大きな喪失をもたらし、
忘れえぬ出来事であるのだ。いや、忘れてはならないと言うべきであるのか。
自分が年の割りに深く物事を考える性格だと分かっている。
もしかしたら、幼い時のそんな体験とか経験とかがない交ぜになっているからかも知れない。
写真の中でしか会うことの出来ない父親の知り合いだという大人たちは、
いつも自分の成長を目を細めて確認しては、父親の思い出をぽつりと溢していった。
中央司令部の近くにある知り合いの家に遊びに来たのは、小さな招待状を受け取ったからだ。
この小さな友人がどうやら入学式を迎えるというのでそのお祝いの招待状であった。
母が忙しいというので、1人でこの家に来たのはいいが元気のいい2人を相手にして随分と遊んだ。
この2人が生まれた時、自分はまだ「死」というものも「命」というものも、
よく理解することが出来なくて、エドちゃん(この2人の母親で若くて可愛い人)に無理な相談を
してしまった事を思い出す。
そうして、また少したって唐突にそんな事を理解するきっかけがいろいろとあった。
それは、毎日通る並木のトンネルをサワリと風が通った時だったり、
曇った空から光りが一筋零れたりした時だったり、
きゃぁと滑り台ではしゃぐ幼い子に手を差し伸べる父親らしい人の姿にツキンと胸が痛んだりした、
そんな時だった。
唐突に、「あぁ、お父さんはもういないんだ」と世界はゆっくりと自分に教えた。
その度に泣きそうになって、父親がなぜ死ななくてはならなかったのかとか、
どうして自分だけがとそんな風にも思ってみたけれど、
その答えを誰も教えてはくれず、また世界もそれを知らせることはなかった。
きっとこの先にもその答えはないんだと思う。
ただ漠然と。
目の前の金色の塊は、遊びつかれて眠ってしまった2人の姉妹。
「おねぇちゃん」と少しだけ間延びしたその声に愛しさがあった。
3人で並ぶと本当に姉妹みたいだと言って、
エドちゃんは娘の髪を自分と同じツインテールに結び直した。
自分で髪を結うことが出来た日の姿を、父親が見たらどう思っただろうか。
最初はまだ母が結んでくれたように上手くは出来なかったけれど、
「パパに見せてくる」と庭に駆け出した自分を母は少し瞳に涙を溜めて見ていたように思う。
あの時の風は、結んだリボンをヒラリと返して頬に触れたのだ。
遊んでいた時は十分過ぎる光りが差し込んでいたこの部屋であったが、
今では点けている部屋の明かりの方が存在を顕著に表して、外の光りが少なくなっていることを知らせる。
ゆっくりと座っていた場所から壁に近づく。
眠っている2人を起こさないように十分に気をつけて一歩ずつ進む。
木製の本棚のちょうど腰の辺りの段には、写真たてが置いてあった。
真新しい制服とリボンに制帽を被り、背負ったカバンが随分と大きい印象の2人は、
それでも満面の笑みを浮かべている。
2枚組みのその写真のもう一方には、2人を守るようにして肩に手を置いている両親も写っていた。
父親と母親、そうして2人の娘の家族写真。
幸せそうな写真を見るのは嫌いではない。
決してこの幼い姉妹、自分も妹のように思う小さな存在が憎いわけでもない。
それでも少しの痛みと後悔に似た気持ちが込み上げてくる。
同じ制服を着て、同じように重そうなカバンを背負っている自分の記念写真には写れなかった父親。
代わりにいたのは、細いフレームの眼鏡をかけた古いテディベア。
自分の部屋の写真たてにあるのは、そんな写真であった。
母親と娘、そうして眼鏡のクマの家族写真。
とても滑稽でとても大切な写真だとそう思う。
最後の誕生日に贈られたクマのぬいぐるみはいつも私の相談役だった。
ゆっくりと現実というものを教える世界は、時にとても残酷で、
悲しませたくない母の代わりに、涙を受け止めてくれるのはそのクマだった。
父親の思い出は本人がとったのだという大量の写真と細いフレームの眼鏡だった。
軍人であった父親は何かの事件に巻き込まれたのだと聞いた。
だから、軍の人たちは「証拠を探す」といって父親のものをたくさん家から持っていったのだという。
まだ小さかった私はよく覚えてはいないけれど、
バタバタとなる靴の音と、滅多に聞くことのない母の非難の声は覚えている。
一緒に写る事ができなかった家族写真。
見せることができなかった真新しい制服。
それでもどこか照れたような笑い顔をして、そこにいてくれるのだと思えてならない。
大好きなお父さん。
あぁ、堪らなく家に帰りたい。
お母さんに甘えて、お父さんの話をしよう。
リビングのテーブルにはお揃いのチェアーが3つ。
いつもは大切に引き出しにしまってある細いフレームの眼鏡を取り出して、
部屋にあるクマを抱きしめてリビングに行こう。
私は、エリシア・ヒューズ。
父と母の3人家族です。