「やぁマアサ。今日もいい野菜が取れたんだが・・・。

 

ところで何をしているんだい?」

 

 

 

「何って、私が出来る事といったらこれぐらいでしょう?」

 

 

 

 

 

【冷めても美味しいアップルパイ】

 

 

 

 

 

赤く色づいた林檎を甘く煮詰めて、作ってあったパイ生地と共に型に収めていく。

作り方は企業秘密ねと言うのが決り文句になりつつあった。

 

 

 

長年使ってきたオーブンの火加減はきっと誰にも伝えられないだろうと思いながら、

マアサは火除けの布巾で余熱が完了しているオーブンの中にパイ型をそっと乗せた。

 

 

 

長い間、それこそあの子たちに出会う前から使い続けた赤レンガのオーブンだ。

 

鉄製の窓を重々しく開いて、温度を考えながら最適な場所に型を置く。

 

 

 

この家から数キロ先、とても近所だとは言えない距離かも知れないけれど、

長年大切に思ってきた家族の住む家がそこにある。

一度失ってしまったあの時。

涙を見せずにこの村を離れてしまったあの子たちの代わりとばかりに泣いてしまったことが

昨日のことのように思い出される。

 

まるで自分の子どものように大切で、まるで自分の孫のように愛しい子どもたちだ。

 

素直で明るく、強く賢く、弱いからこそ人を愛することを知る子どもたちだ。

 

 

 

「今日は特別な日だからね」

 

 

 

こんな出会いを人は人生の中で何度体験することが出来るのだろう。

本当に自分は幸せなのだと常々感じることができる。

 

 

 

今は遠く離れた場所に住んでいる大切な人の生まれてきてくれた日。

本当ならばこの村で暮らして欲しいと思うのだけれど、

何より願っているのはあの子が笑って暮らせるかどうかだから。

 

 

 

「今日は帰ってくるのかい?」

 

 

 

「いいえ、アル君に聞いたら帰れないのですって」

 

 

 

「そうか…ではどうするね。そのアップルパイを」

 

 

 

 

 

何年か前。

 

まだ旅を続けて、今日をどこで過ごしているのかさえ分らなかった頃も、

アップルパイは毎年この日に焼かれていた。

 

届け先のない贈り物をそれでもマアサは焼きつづけた。

 

 

 

「誰かがお祝いしてくれていればいいけれど、

あの子の生まれた日に誰も『おめでとう』を言えないのは悲しいわ」

 

 

 

何より「生まれてきてくれてありがとう」と伝えたかったのだ。

 

 

 

 

 

「あら。大丈夫ですよ。今はきちんとした届け先があるのですもの」

 

 

 

エドワードが見つけた自分の家が。

 

愛する人との居場所があるのだから、そこに届けてあげればいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ姉さんいますか?」

 

 

 

 

 

【幸せ配達人】

 

 

 

 

 

 

 

「はいマスタングですが」と聞きなれた声が受話器から聞こえる。

この人の声を聞きなれたと称する日が来るとは思っていなかった。

 

姉がこの人、ロイ・マスタングとその生涯を共にすると決めた日に

自分は確かな喜びと祝福と少しだけの寂しさを感じていた。

 

真っ直ぐに自分を愛してくれた姉だから、何よりにも増して大切な人だから。

きっと自分にも愛する人が出来て、その人と家族を得るのだろうけれど、

姉の位置はきっと変わらず別枠に用意されているのだと思う。

 

 

 

離れて暮らそうと言い出したのはどちらが先だっただろうか。

 

もしかしたら、そんな話をしていなくても自然にお互いがそう思っていたのかも知れない。

 

もちろんお互いが傍に居続けたあの年月は何を対価にしても得られない大切な時間で、

そのお陰で自分はいまここにいると思う。

しかし、だからと言ってその時間にしがみ付いて進もうとしない為にその時間があったわけではない。

 

離れても僕が姉さんを嫌いに成る事なんてあり得ないし、この関係が壊れることも決してないだろう。

 

そう。

そしてきっと姉さんもそう思ってくれているに違いないのだから。

 

傍に居なきゃ、愛を囁き続けなければ信じられないような関係ではないのだから。

 

 

 

 

 

「あぁ、今娘たちと一緒にいるんだ。少し待ってくれるかい」

 

 

 

「はい。すみません」

 

 

 

「いや、この日にエディを独占しようと言うのが間違いと言う事はよく分かっているつもりだからね」

 

 

 

 

 

穏やかに笑う義兄の表情がありありと想像できてしまって、こちらも少し笑ってしまう。

 

きっといろいろな人から電話や贈り物が届いているのだろう。今日は姉さんの誕生日だから。

 

 

 

 

 

「あっ姉さん?うん、こっちは変わりないよ。

 

雲も穏やかに流れているし、風も水も綺麗だし。

 

うん。あっマアサおばさんから届いたの?アップルパイ?

 

・・・・ウィンリィも送ってたね・・・うん。

 

姉さんが幸せなら、僕だって幸せだよ。

 

誕生日おめでとう姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は朝から大変だった。

 

もちろん嬉しい忙しさではあったのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

【愛情はたくさん。キスは一人占め】

 

 

 

 

 

その日の休日をもぎ取るためにどれだけの書類にサインしたのだろうか。

カレンダーを確認した記憶が残っているのは今日から5日ほど前だ。

 

とりあえず有能な副官の差し出す書類にサインを続け、

屁理屈ばかりを並べと通そうとする狸どもを時に愛想笑いで時に睨みつけて黙らし、

そしてやっと今日の休みを得たのだ。

 

彼女と、自分の心から愛しいと思える女性と共に人生を歩むと決めてから随分と時間は流れている。

今まで見えていたこと見えていなかったことの連続の毎日であったと思う。

 

その最たる例が今日のような日なのだ。

 

まだ彼女が男だと偽っていた時は良かったが、

念願を達成した後、

彼女が自分の性別を隠す必要がなくなったことでその問題は起こった。

 

 

つまりは何が問題かと言えば、『エドワード・エルリックが美しい』ということ。

 

 

もちろんその話題に火が点く前に彼女の名前は『エルリック』から『マスタング』へと変わり、

彼女は自分の妻となったのだが。

 

悔しがるような目線で訴えていた回りの男どもから奪ってやったような、

勝ち誇った気分も味わったのも事実なのだが、何より驚かされたのだ、自分は。

 

 

 

妻となったエドワードを大切にしていた人々に改めて気付かされた。

 

彼女は旅続きで一つの場所に居る事など少なかったから、友達など出来ていないと思っていた。

しかし、その予想はまったく逆であった。

大げさに言ってみればどこの街でも彼女たちの痕跡に出会うのだ。

そして、その全てが愛情や信頼や微笑ましさをつれてくる話によって語られる。

 

 

 

自分はなんて人を妻に迎えたのだろうと。

 

詰まった息を無理やりに吸い込み、パンッと両頬を手の平で叩く。

これは覚悟を決めなければならない。

 

彼女には何度も誓い、違えるつもりなど欠片もないこの思いを

私はもう一度誓わなければならないと思った。

 

そう、彼女を愛して、大切にしている人々に対して。

 

 

 

 

「君をずっと愛しているよ。生まれきてくれてありがとう」

 

 

 

 

 

何年同じ時間を一緒に過ごしてもこの思いは無くならない。逆に増えていくばかりなのだ。

妻の誕生日には朝から多くのモノが届けられる。

 

それは花束であったり、可愛らしいローズの口紅や彼女の髪に良く似合うだろう色のリボン。

新鮮な野菜や果物から健康にいいとされる飲み物の詰め合わせ、

そしてリゼンブールからのアップルパイ。

今年は二つも。

 

お祝いのカードはきっと今週中ずっと郵便受けを賑わすのだろうし、電話も鳴り続けるのだろう。

・・・邪な想いを抱いているだろう男のモノは一足先に消し炭となる運命だけれど。

 

 

 

君が照れくさそうに笑う顔が好き。

そんな君と共にいられることが誇らしい。

 

 

 

今年も朝一番に贈るよ。

 

「誕生日おめでとう」の言葉とキスを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこんなにも自分は幸せなのだろう。

 

 

 

 

 

【優しさ増加式】

 

 

 

 

 

朝起きれば夫から「おめでとう」の言葉とキスを贈られた。

くすぐったいけれど、赤くなる頬は隠すこともできない。

 

朝食を食べる前に娘からも「おめでとう」を貰う。

折り紙で作った花束を差し出された時には泣きそうになった。

 

慌てて二人を抱きしめて「ありがとう」と返す。

 

 

 

休みをとってくれたロイがいて、愛する娘が傍で笑う。

それだけで十分なほどの幸せなのだと。

 

瞳の奥がつんと痛んで泣きそうになる。

 

 

 

「さぁ、今日は大変だからね!!」とロイが腕の裾を捲くりながら娘に声をかけると、

娘は手を上げて「はいっ!!」と元気よく答えている。

 

夫いわく、今日はママのために家のことを手伝うこととママの喜ぶことをしてあげよう作戦らしい。

 

今でも十分喜んでいるのだけれど。

 

 

 

玄関の呼び鈴が鳴らされればマリーとロジーが飛び出していく。

さすがにすぐにドアを開く事は危険なのでしないように注意して、

ロイが用意している覗き窓(安全なのぼり台付き)から二人は外の様子を覗く。

 

 

 

「「パパっ配達屋さんきたよ〜」」

 

 

 

そのやり取りはその後も何度か続いた。

花屋さんに果物屋さん、配達屋さんに郵便屋さん。

 

軽いモノはロジーとマリーが両手で大切に運び、重たいモノは夫がリビングに届けてくれた。

 

 

 

 

 

「あっ包みを開けるのはママの仕事ね?」

 

ロジーが覗き込むようにしてこちらに声をかける。

 

「だってプレゼントをあけるのは楽しいもん!!」

 

 

 

だからママの仕事なのっパパは取っちゃダメだからね〜と

パタパタとリビングを駆け抜けながら娘たちは次の仕事を探しているようだ。

 

リビングに残されたロイとエドは手にもったプレゼントの包みを見てからお互いに顔を見合わせて、

小さく笑った。

 

 

 

そうか、確かに小さな頃自分はプレゼントを開く時ドキドキして楽しかった。

色とりどりの包みとリボンを解くと、まるで魔法のようにそこにある物に目を奪われていたっけ。

 

 

 

「嬉しいね。そんな楽しみなんて随分・・・忘れてたよ」

 

 

 

「危ないところだったよ。君の楽しみを奪ってしまうところだった」

 

はぁ危ない危ないと繰り返す夫も随分と嬉しそうだ。

いつの間にか笑い声が響き始めていく。

 

 

 

辛いと思っていた旅の連続の先に、こんなに暖かな日が訪れるなんて。

届けられたプレゼントにお祝いのメッセージ、電話越しの声に心が震える。

 

 

 

「おめでとう」に「ありがとう」を返す。

口にする度に心は優しさを増していく。

 

人はだからこんなにも暖かく優しいのだろう。

毎年一度、この日を迎える度に、優しさが増していくのだから。

 

 

 

 

 

みんな、みんな大好きだよ。

 

「生まれてよかった」

 

「生んでくれてありがとう」

ロイエド子