てぶくろ買いに

 

 

 

 

鼻の先を少しだけ赤くさせた子どもは、走ってきたのかはぁはぁと息を荒くしていた。

手に握り締めているコインを渡して、「この手に合う手袋ください」と言った。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまるで小さなウサギさんが飛び出してきたみたいね」

 

帽子屋さんの奥さんは棚から子供用の手袋を出しながら笑って言った。

 

「えへへっママがかぶせてくれたの」

 

「お外は寒いからって」

 

街の中の帽子屋さんは毛糸で編んだ可愛らしい子供用の手袋も扱っていて、

赤い花の模様や白いポンポンの付いたモノなど他の店ではあまりないような品揃えが人気の秘密だろう。

 

今日は一段と冷えるなぁと思っていた時に、リリンとドアにつけていたベルが鳴り、

フワリとした白いフード付きのコートを着た小さな女の子が2人入ってきた。

 

その可愛らしい様子に店番をしていた奥さんは優しく笑った。

 

 

「2人だけで来たの?」

 

「初めてのお使いなの!!」

「ママはとっても心配してたけど、私たちもう子供じゃないから!!」

 

 

「「だって手がおっきくなったんだもん!!」」

 

ウサギのようなフードを被った2人の女の子は、手をずいと奥さんに見せて、得意顔で言った。

この手に合う手袋くださいなんて、まるで童話のような話だねと小さく笑う。

 

きっとこの子達のママは遠く心配して待っていることだろう。

 

 

奥さんは棚から大きくなったという女の子の手に合う手袋を取り出して、渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少ししたら北風がぴゅぅと音を立てるだろうし、

木の葉はすっかり色を変えてヒラリと親木から大地へと帰っていくことだろう。

 

日一日と雨も冷たく感じてきた今日。

エドワードはクローゼットの中を整理していた。

 

 

 

秋のそれでも暑い日の為に残しておいたシャツを冬物の厚手に替えていく。

クローゼットにはモコモコとした毛糸で編まれたセーターやウール素材の暖かな洋服が満たされていく。

 

 

 

「コートにマフラー・・・・あとは」

 

 

夫のモノと自分のモノをあらかた入れ替えると、次に娘たちの洋服に取り掛かった。

 

部屋には透明の衣装ケースにダンボールが並んでいる。

これでも少なくなった方なのだと思うが、それでも娘2人の服にしては随分と多い気がする。

それというのも娘の服に異様な執念を燃やす夫は、

可愛いフリルの付いたスカートや色が鮮やかなワンピースを見るとついつい買ってきてしまうようで、

高給取りである彼にとって娘に対する散財はそれほど苦になっていないとも言えた。

 

 

くすくすとくすぐったい様な笑いが自分を満たしていることに気付く。

 

 

娘が可愛い恰好をしているのを見るのは自分にとっても楽しいことだった。

それでも「無駄遣いをしてはいけない」「着る分だけあれば大丈夫」と言う妻に対して、

夫は恐る恐ると言った様子で新たに購入した洋服(時には付属のリボンなど)を開けて見せる。

そうして、この素材がいかに素晴らしいかを熱っぽく語り、

娘にこれを着させてやれないのは辛すぎると訴えるのだ。

きっとお偉い方を相手にする会議よりも余程熱が入っているだろう。

 

最後に窺うように「だっだめか?」と聞く頃には、すっかり自分もこの洋服を娘に着させたいと思っているのだけれど、「しょうがない・・・次は考えろよ」と渋々の様子で応えるのだ。

 

 

 

 

「でも、さすがにこの手袋は小さくなってるよなぁ」

 

ダンボール箱の中に一まとめにして入れておいた防寒着の類を出してほぅと息を吐く。

自分の手の中にすっぽりと納まってしまうサイズの小さな手袋は、

この一年ですくすくと成長した二人の娘の手にはもう入らないだろうと思われた。

 

ポンチョやマフラーなどはまだ代用が効くとしても、これは買い換えねばならないだろう。

 

 

そういえば。

まだ自分が娘のように幼かった頃の事。

 

寒い冬を前にして、今の自分のように母が衣替えをしていた時を思い出す。

 

 

あの田舎の村は、冬には随分と冷え込んだ。

雪もどっさりと降ったし、農業が主体の村であるから冬はとても静かに思えた。

それでも羊はたくさんいたし、リゼンブール産の羊毛と言えばかなりの品でもあったから、

田舎であるというのに、防寒着が不足するなんてことはなかった。

 

 

「あらっエドの手袋も買い替えにいかないと行けないわね」

 

 

小さな手袋を優しく白い手の上に乗せて、ふふっと嬉しそうに笑う母がいた。

どうしてあの時あんなに嬉しそうだったのか、自分には分からなかったけれど、

今ならその気持ちがよく分かる。

 

 

毎日を一緒に過ごす子どもの成長を、

ともすれば見落としてしまうかも知れないその成長を見ることが出来て。

あの本当に小さな手が。

 

 

この手はいつか、必ず幸せを掴むだろう手なのだろうと。

愛しくて堪らないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「ママ〜何をしているの?」

 

「てぶくろ〜・・・・ちっさくなったの?」

 

 

トトトっと小さな足音が響いて、ドアを開ける音がすると賑やかな声が聞こえる。

窺うようにして入ってきた娘は、手にしていた手袋に興味を持ったようだ。

 

 

「違うよ。手袋が小さくなったんじゃなくて、2人が大きくなったんだよ。

 今年は新しいのを買おうね」

 

 

近くなった娘の金色の髪を撫でてやると、嬉しそうにうんっと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ママ〜買ってきたよ」

「とってもあったかいの」

 

 

娘が帰ってきたのを見て、エドワードは堪らず2人を抱きしめた。

 

一緒に買い物に行こうねというと、「私たち大きくなったから2人で買い物ができる」と言い出し、

こちらの心配なんて置いたままで買い物作戦は進んでいった。

 

 

 

 

分からない事があったらすぐに周りの人に聞く事。

決して2人だけにならない事。

もちろんはぐれてはいけないから、しっかり手を繋いで。

転ばないように。

道には車や自転車も通るから、気をつけて歩いて。

それから、それから。

 

 

「「ママ。大丈夫だよ!!行ってきます!!」」

 

 

 

 

夫に話したらどんな顔をするだろう。

こんな記念日、ここに居ない事をきっと後悔するだろう。

 

幼いとばかり思っていた娘が、こんなに大きくなっているなんて。

 

 

 

その小さいとばかり思っていた手で、幸せを掴むまで。

もしかしたら、あと少しなのかも知れないね。

 

 

ロイエド子