そこにいるのはだぁれ?
あなたのとても あいしたひと
しかし みつけることのなかったひと
そこにいるのはだぁれ?
ぼんやりとした瞳はまだ何も映してくれないようだ。
時折笑う声に驚くが、それが自分に向けられているものではないと知る。
正気なのかそうでないのか。
それは医師にすら分からないのだという。
もしかすれば「本当に」そこに居るのかも知れない。
仕事から帰り、妻が居るはずの寝室へと足を運ぶ。
薄暗くなり始めた外から、人工的な光りが差し込んできている。
あぁ、これでは寂しさを煽るばかりではないか。
暗い室内に金色の光りを見つけ、首を傾げる。
ベッドに居るはずの妻は、クローゼットの前に座り込んでいる。
寝室は毛の長い絨毯が敷いてあるので、底冷えはしないだろうが、
それでも常ではない状態に違いはない。
「エディ?」
そのクローゼットにはまだ衣類は入っていないはずである。
部屋には備え付けのものが幾つかあるし、日常に使う衣類はそれ程ない。
軍の上層部に関わる集まり用の正装の類は別室を用意してある。
まだ何も入れられていないはずのクローゼット。
その前に座っている妻。
進む足音は絨毯によって消され、
妻はこちらを向いてはくれないようだ。
背後に来て、目を見張る。
何を抱きしめて座っていたのか。
これを抱きしめて座っていたのか。
とたんに込み上げてくる涙を耐えるようにして、
ぐっと唇を噛んだ。
それを望んだ自分は、決して泣いてはいけない。
この細く冷たい肩を温める腕を望み、
消えようとするものを手放してしまったこの腕。
妻の手にあったのは、小さなものだった。
小さくて、小さくて。
本当に小さな靴下だった。
白い毛糸で編まれ、ふかふかとしたそれは、
生まれたての子どもの足を冷やさないようにと願われたものだろう。
花柄の飾りもちょこんとしていて、
愛らしさが伝わるばかりだ。
暗いのに、なぜかそれだけははっきりと見え、
泣くこともなく、ただ抱きしめている妻を哀れに思った。
妻はよく笑う時間とただ何かを待っている時間を繰り返す。
思い出したように以前の明るさを取り戻すのだ。
家事をしたり、外へ出かけたり、
もちろん名前で呼んでくれ、愛を囁く事もある。
しかし、それも一時のもので、
スイッチが切り替わるかのように突然、表情が消える。
何も見ず、何も語らず。
隣にいるはずのないものに語りかける。
「帰っておいで」
「ここにおいで」
居なくなってしまった場所を撫でながら、
優しく、ゆっくりと。
「エディ・・・」
「・・・ロイ」
あぁ、今はこちらの住人。
隣にいる影を見てはいない。
「これっ・・・みつけたんだ」
「そうか」
分かっているのか、覚えていないのか。
それは誰にも分からない。
ただ、この一足の靴下は、
とても幸せに子どもを育んでいただろう妻が、
まだ何も入れられていなかったクローゼットに大切にしまったもの。
これから増えていくだろう小さな服。
それは、増えることはなかったけれど。
その1番初めに買い求めたものが、
この小さな靴下。
差し出された真っ白な靴下を
両手で包み込むようにして受け取る。
暖かい。
けれど、とても寂しいのは何故だろうね。