父親譲りの黒曜石のような黒い髪。

母親譲りの琥珀のような金色の瞳。

どちらに似たのかとても知識に貪欲で、

どちらに似たのかとてもよく笑う。

 

そんな双子の兄弟は、母親がとても大好きで、

それ故に父親の愛情に疑いを持った。

純粋に、そして真っ直ぐな瞳は、何に対しても妥協を許さない。

悲しみに似た感情をありありと浮かべながら、

父親のその真意を探していた。

 

 

『パパって・・・僕たちのこと嫌い?』

 

 

聞いてしまって、とても悲しくなった。

言葉に出してしまうのと、思っているのは大分違っていて、

とても怖くなっていく心の奥を知る。

そんな2人が聞いた。

 

母から聞いたのは、自分たちが思いもよらなかった昔の話。

 

 

「名前」をくれたのだと。

 

あの夜の闇が怖いと思わないのが不思議だったけれど、

自分を導くその光の話を聞いた。

 

 

 

 

 

「なぁ、デイス・・・来てくれると思うか?」

「・・・無理なんじゃない?」

 

だよなぁと言いながらクシャリと荒い用紙のプリントを握り潰した。

 

 

父親の事を敵だと思っていた幼い頃。

だって、大切な母さんを奪って行くかも知れないのは間違いなくあの人だと思ったから。

父親が帰ってきて、一番嬉しそうな顔をするのは、母さんで。

そして、とても綺麗に笑うのだ。

 

とても優しくで、大好きな母さんに、

そんな顔をさせる事が出来る人は1人しかいなくて。

 

悔しかった。

 

だって、僕たちはいつも母さんの事を守りたいって思うのに、

いつも家に居たりしないあの人が結局は母さんを守っていて。

 

足りない力のその矛先を、ぶつける相手を探していた。

それは自分なのだろうけれど、

幼い頃はそれを見つめることは酷く恐ろしくて。

 

だから、父親のせいにした。

奪わないで。

取らないで。

自分の大切な人だから。

 

 

 

時が流れれば、自然に父親の存在を認めていく。

そして、母の存在も。

 

とても優しく愛してくれる。

 

理由を問うことすら滑稽な愛情を自分たちは両親から受けているのだと。

 

 

『名前はね。ずっと大好きだよって印なんだよ』

 

 

あの日、囁くようにして教えてくれた秘密の話。

奪っていく事なんてないのだと分かってしまった。

 

悔しくも悲しくもなったけれど、それ以上に暖かい感情があった。

だって、その意味を教えてもらえたから。

 

「おいで」と呼ぶその声が、同時に名前を呼ぶ。

その声の裏側にある暖かい意味を知った。

 

 

 

フォース・マスタング、デイス・マスタングともに7歳。

中央第一小学校の2年生である。

 

はぁとため息を付きながら、濃い茶色のカバンから今日使った教科書を引きずり出す。

フォースとデイスは一つの部屋に机を並べている。

 

部屋には長く使えるようにと両親が選んだ丈夫でシックなデザインの机と、

二段ベッド、そしてクローゼットに本棚などが置かれている。

一見したら子ども部屋ではなく、学生の下宿部屋のように整った無駄のない空間だが、

家具は全て角が削られ、壁にはコルクの壁紙がされている。

2人のために作った子ども部屋はいたる所に両親の気遣いが見て取れた。

 

 

「話してみたら・・・それ」

 

さっきからフォースが握り締めてゴミ箱へ投げてしまった物を気にしているのを知ったデイスは、

そう言って、自分も同じプリントをカバンから引き上げた。

 

「だって、お前も無理だって思うだろ」

「まぁ、たぶんね」

 

そして、また2人でため息を吐いた。

 

デイスの手にあるプリントには、

「父兄参観日のお知らせ」と書かれていた。

そして、フォースが捨ててしまったクシャクシャに握られたそれにも同じ印刷がされている。

 

 

「僕・・・4日も父さんに会ってないや・・・」

「俺は、1週間だぜ」

 

何やら中央が慌しいということは分かっていた。

新聞をまだ完全に読めるわけではないけれど、

母親は文字を追うたびに顔をしかめたし、

第一、その前線にいるであろう父親は家に帰っていない。

 

もしかしたら、帰っているのかも知れないが、

それでも自分たちが眠った後に帰って、起きる前に出て行ってしまう。

デイスが4日前に会った時も深夜で、

たまたま水を飲もうとキッチンに降りた時だった。

 

 

「無理だよな・・・」

「無理だね・・・」

 

 

自分たちを愛してくれているということに気づいてからは、

父親に対して素直に甘えていた兄弟は、その父親の多忙さに気がついた。

家に居ないのは、父親の本意ではなく、

だからこそ、母親が何も言えないで悲しそうにしているのだと分かった。

 

大抵の事について二つ返事で返してくれる優しい父は、

2人が「父兄参観日」の事を話せば無理をすることは想像できた。

一年生の頃からそうだったから。

 

入学式も、運動会も、学芸会も。

いつだって仕事を抜けて見に来てくれた。

「今日は無理かもしれない」と母親が笑顔を崩して言った日でも、

席を見れば父親の顔があった。

 

時には軍服のままだったり、二度目に振り返った時には居なかったりしたけれど、

それでも来て欲しいと思ったものに、父親の姿がない日は無かった。

 

 

だから、自分たちから言うことは出来ない。

 

 

 

 

「寝ていいといったのに」

 

深夜も回ってしまった時刻に、そっと家のドアを開けた。

いつものように電灯がつけてあったが、待っていてくれているとは思わなかった。

ここ数日、まともに妻とも子ども達とも話しができずにいた。

 

テロ組織の巧妙な手口は軍部を欺き、

死者こそ出ていないものの、このままでは最悪の事態も起こりかねない。

起こる前に実行犯を捕まえなくては。

 

そのために、朝晩関係なくその処理に追われていた。

自分だけではなく、部下とて同じような状態で、彼らもまた十分な睡眠を取れていないだろう。

仮眠室でさえ時を過ごすことが出来ていなかった。

 

体は睡眠を欲しているのだが、仮眠室で眠ることができなかった。

自分には守る存在とその場所がある。

隣りに愛しい者の温もりを探してしまう度に心労は増加していくようにも思えた。

 

だからこうして家路についた。

その時間の睡眠よりも、たとえ短くとも愛しい者の顔を見たかった。

 

 

リビングの明かりの中に、妻の姿を見つける。

白い夜着に薄いピンクのカーディガンを羽織っている。

大き目のソファーにもたれて、眠っているのか、どこかをじっと見ているのか、

身動きをしていない。

 

カチャリとドアノブを回せば、こちらを振り向いた。

苦笑いのような笑みを浮かべるも、その姿は美しい。

 

「おかえり、ロイ」

「ただいま、エディ」

 

お互いの額に軽くキスを贈って、その横に座る。

一気に疲れが出て、はぁと息を吐いた。

 

「・・・無理するなって言っていい?」

 

妻は心配そうに言いながら、自分の髪に白い手を当てた。

抱き寄せるようにして、その胸に引き込む力に抗わず、体を預ける。

暖かい体温とトクントクンという心音。

香ってくる石鹸の香り。

 

張り詰めていたものが途端に崩れて、

その場で瞳を落とす。

動く事すら億劫なほど瞼が重い。

 

 

 

 

「・・・ロイ。そろそろ行くか?」

 

眠っていて欲しいと思うけれど、外が白んで来ている。

新聞が伝えるその重々しさはロイの疲労と同じように増長しているようだ。

 

4人で食事をして、その日の予定を話して、

晩はその日一日の事を報告しあう。

そんな事だけど、とても大切だと思う。

 

ベッドで休んで欲しいと思うけれど、

一度眠ってしまった彼を起こしてしまうのは可愛そうだ。

そうして、起こせないまま一夜をソファーの上で過ごしてしまった。

冬でなくてよかった。

冬では風邪を引いてしまっていたかも知れない。

 

 

「ふっ」

「眠れたか?」

 

いつもの姿でなく、とてもあどけない様子の夫の髪を軽く梳かしてやる。

しわになってしまった軍服の代えを取りに

クローゼットのある2階へ上がろうと階段を目指す。

 

「フォースとデイスは部屋かい?」

 

寝ぼけたような声だが、その声に、「そうだよ」と短く答えて、

トントンと音を立てながら、二階へと行く。

 

 

 

 

 

くうくうと眠るその部屋にそっと体をすべり込ませる。

昨日までの体の重たさが嘘のように軽くなっていて、

久しぶりに眠ったという実感がある。

自分を確かに安心させてくれるのは、あの細く暖かい太陽のような妻と、

このまだ小さいながらに頼もしくさえ感じる息子たちなのだと、

そう感じられることが嬉しい。

 

声を聞きたいと思うけれど、まだ眠りから覚めるには早い時間。

 

そっと跳ねてしまった布団を肩口まで掛け直す。

二段ベッドの上に眠るのは長男のフォース。

下に眠るのはデイス。

妻に似た金色の瞳が見られないのは残念だが、

すぐに事件を解決して、遊びにいこうと口に出さずに約束をする。

 

部屋を出ようと、踵を返したところでその足元にヒラリと落ちてきた紙に気づく。

不思議に思うものの、学校からの配布物らしく荒い紙質が手にザラリと残る。

 

「・・・これは」

 

 

 

 

 

学校の始業ベルが鳴り響く。

 

それと同時にため息を吐く兄弟が騒がしい教室にいた。

どこかそわそわしている級友たちは、廊下の気配や後ろをキョロキョロと見ている。

普段、学校に来る事の少ない父親たちがこちらも緊張した様子で立っている。

 

 

「やっぱり来ていないね」

「あっ当たり前だろ。知らせなかったんだから」

 

デイスが後ろを振り向きながらそう言うものだから、

フォースは少し怒りながらそう言った。

 

しかし、どこかで期待していた。

もしかしたら、振り向いたその場所に父親が立っているのではないかと。

 

 

「おいっフォース!お前の父ちゃん来てないんだろ」

「あぁ、テロ事件がまだ片付いていないっけ」

 

後ろの席から、声が掛るのをフォースは無視した。

父親が軍部の人間だというのを気に入らないという者もいる。

デイスが横の席でキョロキョロとしているから、

今度はデイスに向けて嫌味を言い出した。

 

「デイスはどうなんだよっ父親が事件解決できないから、

 テロが収まらないんだろ」

 

「そっそんなことないよ。父さんが必ず解決してくれる」

 

デイスの瞳に涙が浮かんできた。

 

泣いては行けないと思うのに、

唯でさえ父親が来ていないことで不安になっていた所にそんな事を言われて悔しくなる。

 

ギュッとズボンを掴んでその場を耐えようとした。

横にいたフォースもまた、唇を噛んでいた。

 

すると、その腕を掴む手があった。

 

 

「待たせたね」

 

 

そこに居たのは、蒼い軍服を着た父親。

 

 

「えっ?!父さん??」

 

「駄目だよ、そんな風に騒いでいたら。さぁ、先生が困っているだろう」

 

 

確かに、授業が始まったにも関わらずケンカが始まってしまいそうな雰囲気の児童を前に

いつもより少しだけフォーマルな格好に身を包んだ教師は戸惑っていた。

 

そこに入って来た蒼い軍服に黒髪が良く映える男は、

真っ直ぐに泣きそうに成っている兄弟の傍に向かった。

 

「さぁ、勉強しているのを見せてくれ」とズボンを握り締めたデイスの手を優しく包み、

血がにじんだフォースの唇を親指で拭ってやる。

「「うん!!」」と嬉しそうに返事をした素直な息子たちに柔らかい笑顔を向ける。

 

そして、後ろに下がろうとした時に、

突然の事について行けなかったのか、息子をからかっていた2人と目が合う。

 

(子どものケンカに親が出るのは、賛成できないが、

・・・息子の場合は別ということで・・・)

 

勝手な解釈を付け足しながら、少年の肩をポンと叩く。

ビクリと肩を揺らすあたり、危険を察知する能力はあるのかも知れない。

 

しかし、ならば息子をからかう事は止めた方がいい。

 

「テロの犯人はさっき捕まえたよ。夕刊のトップ記事だ。

 君たちも記事になりたくなければ・・・・分かるね」

 

こっそりと耳元で囁く。

しかし、同じ仕草を妻にする時とは全く逆の低い声で。

 

ギギギと音がしそうな様子で、頷いた子どもの頭をポンポンと撫でて、

教室の後ろに移動する。

 

 

 

どうにか間に合った。

 

子どもに遠慮させてしまうなどと可愛そうな事をした。

 

いつも元気でいてくれればそれでいい。

時おりこっそりと後ろを振り向く息子たちにヒラリと手を振ってやる。

 

心配しなくても、今日は最後までいるよ。

 

お前たちが自慢したくて堪らない父親でいようと思う。

父親の事でお前たちを判断される事は納得できないが、

それでもそんな事で子ども達に不利益があってはならない。

 

全ての人に理解してもらうだなんて、そんな傲慢なこと思いはしないが、

愛すべき人が幸せである空間ぐらいは守りたいもの。

 

 

今日は久しぶりに4人で食事をしよう。

手を上げてたくさん発表をしていたことを褒めてあげて、

久しぶりに膝に乗せて、話を聞いてあげよう。

お風呂にも3人で入ろう。

 

 

からかわれた事は3人の秘密にしようか。

 

そんな事を母さんが聞いたら、心配するから。

いや。

怒り出すかも知れない。

そうしたら、本当に明日の朝刊のトップ記事になってしまうかも知れないから、

秘密にしよう。

 

それとも、そんな奴は蹴散らしてしまえ!とか言い出すか。

 

 

あぁ、愛しい存在がいる。

守りたい存在がいる。

 

 

 

その日は父親を中心に手をつないで家路に帰る3人の姿があった。

 

両脇にいる子ども達は良く似た黒髪をしていて、

今までの話を必死にしていた。

 

その一つ一つに頷く父親はとても嬉しそうで。

子ども達の歩調に合わせて、ゆっくりと妻の待つ家路についていた。

ありがとうの部屋

父親の位置