「カリキュラム決めるのって・・・メンドクサイ」


分厚い大学の授業案内を手にして、エドワードはパラパラとページを捲る。
そこには授業の大まかな流れと、教授の方針などが書き込まれている。


「なんか大変そうだね。高校と違って、自分で決めるっていうのもさ」


付属高校に転入したアルフォンスは、姉の様子を見ながら笑う。

勉強し始めれば、類稀な集中力を見せるというのに、
どうしてだか取っ掛かりは酷くゆっくりなのだ、姉は。

幼い時から「大学へ」と呼ばれていたというのに、
何だかんだと理由をつけて断っていた背景には、
やはり「メンドクサイ」があるような気がする。



「でもさ、やっぱり錬金術の講義とか楽しみでしょ?」

姉はそれが目当てで入学したのだからと、その話を振ってみるが、
「それがさぁ〜」と授業案内を枕にするような形で、
テーブルの上にどかりと頭を乗せた。


「錬金術の専門的な講義は二年生からしか取れないとかいうんだぜ。
 第一、この年で入学を許可したんなら、例外だって認めろってうんだよ」


どうやら、学校側のカリキュラム編成に異論があるらしい。
姉は飲んでいたフレッシュレモネードのストローだけを咥えて話している。


「やめなよ。行儀が悪いよ。
 でも、基本を学んでから専門をって考えは間違えじゃないでしょ。
 どうせ僕らの知識は独学でしかないんだから」


「そうだけどさ。まぁ俺も最初はそう思ったわけよ。
 だから、自分の考えがどの程度なのか、基本を教えてくれるっていう教授に
 自分の理論を述べたわけよ。こう朗々と」


今度は手を大きく広げて、「朗々と」の部分を表現しているらしい。

姉が「朗々と」というからには、ニ、三時間は語りっぱなしだったのだろう。



お気の毒に「基本を教えるはずだった教授」さん。



「で、どうだったの?」


「なんか、途中まで同意とか、反応とかしてくれてたんだけど、
 熱がこもってきてからは、あんまりその人の存在を忘れてて、
 話終わって、気が付いたら、その人部屋にいなかった」



あぁ、だろうと思った。


「で、その部屋にあった置手紙がこれ」と渡された手紙には、
『私が教えることは無いので、ロズウェル教授に賜りなさい』とあった。


「ロズウェル教授って?」


「大学の名誉教授だって。でも、月に2回しか学校にこねぇの」



はぁとため息をつく。

だから、やっぱり東方大学じゃなくて、中央大学に行けばよかったのに。



「でもま、暇ならちょうどいいや」


「何が?」


「これから行ってみようと思って」



姉はニヤリと笑った。

こういう顔をしている時、決まって「良い事」など考えていないことは、
今までの経験からして十中八九あたる。



「入学式に来てただろ?あいつんとこ」


「・・・・・あいつって?」


「もちろん。焔の錬金術師。地位は大佐。
 あいつなら、ここの教授よりはマシな話しそうじゃねぇ?」



あぁ、やっぱり「よくないこと」考えてた。









     【再会】





「え?会えないの?」



司令部の門前。

頭脳明晰、12歳で名門と謳われる中央大学の申し入れを「実家から遠い」という
理由だけで入学拒否し、東方大学に進学を決めた少女。

しかし、勉学とは別の社会的一般常識にはまだまだ疎いようだ。


東方司令部の門を通り抜けようとすると、当然ながら門番に止められた。

門番としても当たり前のように通り過ぎようとする少女に対し、
一瞬「高官のご息女か?」と躊躇った。
まぁそれほどまでにエドワードは堂々と門を後にしようとしたのだ。


「しっ失礼ですが、どなたにお会いになるのでしょう」


後々、「娘が何か?」などと上司にいじめられては敵わない。
止めながらもどこか低姿勢で門番はエドワードに対峙した。



「あっと・・・ロイ・マスタング?焔の錬金術師ってここにいるんだよね?」


小首を傾げてそう聞く少女はひどく可愛らしい。

女性に縁遠い軍の中にいれば、尚更その可愛さは引き立った。
しかし、そこは軍の門番たる者の仕事。



「アポイントは?」


「へっ?そんなものいるんだ・・・来れば会えると思ってた」



村内みんなお友達という東部の田舎から出てきたエドワードとしては、
尋ねてきた人を家の中に招いてお茶を出すのは当然で、
そこで「で、あなた誰?」という会話が始まってもなんら不思議のない生活であった。


まさしく出端を挫かれたという状況。


どうしようかと頭を捻っているところに、バタンと音がした。

これからの事を考えていたエドワードは気づかなかったが、
音に反応し、そちらをふり向いた門番は、
門近くに着けられた軍用車から降りる人影にすぐさま敬礼をした。




そして、この少女はとても運がいいと思った。

なぜなら、その軍用車を降りた人物こそ、
少女が会うためにやって来た「ロイ・マスタング」その人だったからだ。











    【引力】



司令部の門前で再び会った天才少女は、
いかにもお嬢様といったブレザーとスカートを身に着けているのに、
口を開けば一介の少年かといった言葉遣いを披露した。


しかし、その態度に嫌悪感を持つ以前に、
何故だか、それこそが彼女に相応しいと思ってしまった。


軍の高官でもなければ、大した後ろ盾も持っていないというのに、
彼女の不遜な物言いは、彼女に適切な物言いに思えた。


不可侵な存在。


誰に咎められることもなく、ただ我故に存在しているかのような。

自分もまた彼女と話をしてみたいと思っていたことを見透かすかのように、
彼女はニヤリと企んだ顔つきをし、「俺って運がいいんだ」と言った。


そして彼女のその言葉通りに、自分は彼女を断る理由を持ち得なかった。


いつもならば予定がびっしりあるはずのスケジュールも、
何故か今日は今方終了したばかりの視察以外にはなく、
机の上を埋め尽くしている書類の束もすでに片付けてあった。


もちろん適当な理由をでっちあげることは簡単で、
第一、司令部内に軍関係者でないものを入れる理由などどこにもない。

彼女は犯罪被害者でもなければ、犯罪者でもないのだから。


しかし、「運がいい」といった彼女の言葉に縛られるように、
私は彼女を執務室に案内する事をすでに決めていた事のように実行するに至った。











パラレル部屋