戸棚の上から三番目の奥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ・・・・・・見つけたんだけど」

 

 

ノック無しに開いた書斎のドアにはエプロンを着けた妻がいた。

手には一枚の書類を持っている。

 

 

 

 

 

君のところに帰ってくると疑いもなく信じていられればいいのにね。

残される悲しみを君に味合わせたくはないけれど、それが少しでも君の助けになればいいと思うんだ。

 

 

 

 

 

 

「こんなの・・・戻れないって言ってるようなもんじゃないか!!

 いらないっ!!こんなことされても嬉しくなんかないからなっ!!!」

 

 

 

君ならきっとそう言って怒るだろうと思った。

 

 

 

この職から離れて、どこか別の就職口を探して、君と・・・新しい家族と共に、

特に贅沢でなくてもいいから幸せに暮らしていくことを望んだことが無いわけではないんだ。

 

暖かい食事とその日の出来事を語り、

休みの日には庭に出て、花を植えるのもいいかも知れない。

毎日がゆっくりと流れていて、土の匂いと風の匂いを感じて過ごしていければ、

そこに君が笑っていてくれれば。

あぁ、きっとそれだけで満たされて生きていけるのに。

 

 

 

でも、自分は軍人で。

自分の力で変えられるモノがあると信じていて。

 

 

飢えで泣く子どもや

育ててきた子どもを戦場に送り出す親や

恋人の写真を抱えて泣き崩れる女性を・・・

 

 

助けることができるのではないかと思っていて。

 

 

 

君がいてくれるなら、帰って来れる。

自分を失い、戦火の音だけの場所であっても、君の声を頼りに進むことができるから。

戦場の星であっても美しい君を重ねることができる。

 

どんなことにだって耐えられるよ。

君の暮すこの国を守るためなら。

 

 

 

 

受取人の欄に君の名前を、続柄の欄に「妻」と記入した時、少しだけ嬉しかったんだ。

そう言ったら君はやはり怒るだろうか。

 

 

 

守るものがあるということ。

守りたい人がいるということ。

 

 

 

それがどれだけ自分を支えてくれる事だろう。

 

 

 

 

「君は結婚してから随分と涙もろくなったね・・・・」

 

「あっあんたが!!・・・・泣かせてるっ・・・」

 

 

 

手の中でくしゃくしゃになってしまった一枚の紙切れ。

こんなものでは安心なんて得られないだろうけれど、

それでも形にしたいと思ったのは自分のエゴだ。

 

 

 

私は全て君のものだから。

君に残せるものの全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺言状

 

 

遺言者ロイ・マスタングは遺言者の有する一切の財産を、

妻エドワード・E・マスタングに相続させる。

ロイエド子