【特別な出会い】

 

「まったく大学の入学式に何故我々が警護などしなければならないのだね」

 

ロイはさわりと流れる春の風を恨めしそうに眺めながら呟いた。

隣に控えていたリザは「またその話ですか」とため息を吐きたいのを我慢して、

小さな報告書の写しをロイの面前に突き出した。

 

「書類の確認はいつも正確にと申し上げておりますが」

 

 

この警護依頼は遡る事4ヵ月も前にロイが処理したものであった。

サラサラとサインをしていく上司がその時に納得していたとしても、

どうせ後で文句の1つでも言うのだろうとリザは予めその書類の写しを製作していた。

 

きちんと受理を証明するために「ロイ・マスタング」と見覚えのある字が並んでいる書類を突き出され、

ロイはその業務に就く事を渋々ながらも了承しなければならなかった。

 

 

春は業務が立て込む。

それなのに何ゆえ大学の入学式になどいなければならないのか。

希望の大学に入れたと浮かれ気分の学生などどうとでも成れと思うのは大人の醜さなのだろうか。

 

 

 

「しかし・・・毎年の業務でもないだろうに。どういう事だ?」

 

「アカデミーの情報を聞いていらっしゃらないのですか?」

 

じとりとリザに睨まれてロイは「しかし」と言い訳しそうになる自分の声をどうにか押しとめた。

 

何度も言うようだが、春先のロイは多忙なのだ。

士官学校上がりの新人軍人も多く居る中で、どんどんと業務は流れていく。

そんな中で起きる不祥事はやはり多くなるもので、その処理は司令官であるロイに任されている。

日常の業務に加えて、新人が起こす騒ぎの後始末までしている自分が酷く報われていない気になる。

 

その新人どもとこの大学の新入生が被って見えて、どうにもロイは気が乗らないのだ。

 

 

「・・・仕方ありませんね。本日の入学式は特別なのです」

 

「特別とは?」

 

「このアカデミーが長い間誘いをかけていた学生がやっと入学を決めたそうで。

 なんでも中央大学もその学生の入学を望んでいたそうですが、こちらに決めたという事ですよ」

 

 

ロイはリザの言葉を聞き、信じられないという顔をした。

この東方の頭脳の中心であると考えられている大学が、長く望んだ学生の存在にも驚くが、

その学生が中央大学の誘いを断ってこちらに入学することもまた驚きなのだ。

 

もちろん東方大学もまた有名大ではあるが、中央大学の名声はさらに上をいくのは明確だ。

この国の頭脳といってもいい。

あの大学には入ることも難しいが卒業はもっと難しい。

かの大学を卒業しようものなら、望む未来が全て叶ったといっても過言ではないのだから。

 

 

「まったく理解に苦しむね。なぜ、中央の誘いを断って東方大学に進学するのだ?

 真に学問を究める者にとってどちらが最良の環境であるかなど明確であるというのに」

 

「理由がお聞きになりたいですか?」

 

リザが声を出そうとした時に、辺りの空気が一瞬にして変化した。

 

バタンと止まった黒塗りの高級車にパシャパシャと煩い報道カメラのフラッシュがたかれる。

ザワザワとざわめき立つ大学内に動き出す人の流れ。

身体を乗り出す人を押さえつけようとする警備員と良いシーンを撮ろうと必死な報道陣。

 

そんな中に特異な空気をまとって足を踏み出した1人の少女。

 

 

「ってかさ、ここってこんなに人が多いのか?」

「あぁもう!姉さんってば口が悪いよ。ここはもうリゼンブールじゃないんだからね」

 

風に攫われる度に金色の髪は揺れ、耳の上で一房だけ髪を束ねた赤く細いリボンが流れる。

グレーのブレザーに渋い赤のネクタイ、スカートのプリーツは静かに揺れる。

 

 

「彼女が?・・・・その人なのかい?」

 

 

空気の一転してしまった場所を眺めていたロイは唖然と呟いた。

そんな上司の様子にリザは小さく笑って見せると、視線を可愛らしい新入生の少女に向ける。

 

「えぇ、若干12歳にしてその頭脳をアカデミーに認めさせた天才少女です。

 ちなみに、彼女が中央の誘いを断った理由は『故郷から遠すぎるから』だそうですよ」

 

 

クスクスと笑うリザの声にロイは心底驚く。

まさか、『遠すぎる』なんて理由で中央大学の誘いを断る人物がいるだなんて思いもしなかったからだ。

 

しかも、まだ12歳の少女が。

 

 

「さらに言えば、彼女は10歳の時からその頭脳を大学で生かさないかと誘われていたようですよ。

 それを断っていた理由は、弟がまだ小さすぎたからということで。

 今年から彼も大学付属の高等部に編入することが許可されたらしいので、

こちらに進むことを承諾したそうですよ。」

 

 

ゆっくりと進む金色の姉弟の姿は、見るものを圧倒していた。

それはロイにしても例外ではなく、目が2人を、いや、少女を捕らえて離さない。

 

外部のざわめきなどどこ吹く風で、まったく気にもしていないというようにして、

傍でこれからの予定などをいい続ける学園関係者に小さく相槌を打つ。

 

 

 

「まいったな・・・・まさかこんな子どもに出会うなんて」

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