隣で眠る恋人が小さく寝返りを打つ。
静かな夜更けに目が覚めて、暖かいベッドから体を起こすと、
横でゴソリと何かが動いた。
そういえば、今夜は小さな恋人がいたのだ。
だから、悪夢ではなく、こうして起きられたのだろう。
彼女はふと思い出したようにこうして尋ねてくることがあった。
それは大人の男女関係を求めるような甘い誘いではなく、
ただ単に眠る場所を提供して欲しいという願いであった。
旅に出てしまえば、2・3ヵ月留守にすることなど当たり前の恋人は、
連絡もせずにこうして隣で眠るために帰ってくる。
書類の為でも、文献のためでもないそれは珍しいと言える。
その行動は常の意地を張った姿勢ではなく、
年頃の少女の所作であるので自分としては可愛らしいと思う。
だからと言って、
隣で愛しい人が眠っているのに手を出す事無く過ごす等あまり健康的ではない。
とにかく、自分はそう思う。
窓からは月明かりが差し込んでいる。
いつもはカーテンを閉めているのだが、「月がきれい」と彼女が溢したので、
今夜はカーテンを開けて眠ることにした。
眠るには少し明るすぎるかと心配したが、
月明かりは電灯の明かりよりもずっと優しい光りで、
隣からはすうすうと寝息が聞こえている。
いつだって傷だらけで、
大人に虚勢を張ってばっかりで、
「どうしてこんな子どもが」と言われないためにいつだって必死だ。
「何が欲しい」と問えば「文献」と返す君。
本当に欲しいものは、別にあるだろうに。
決してそれを他人に望んだりしない君。
全てを背負い込むことで、
抗えない罪の重さに耐えているように見えてしかたない。
だから。
隣で眠る君の眠りがどうか安らかであるようにと願う。
『母さん・・・』
薄く笑って、少しくすぐったそう。
その何と幸せそうなこと。
汗を浮かべて、苦しそうに言うその単語とは違う響き。
どんな夢を見ているの?
幸せならばとても嬉しいけれど、
それが夢でしかないのは、とても悲しいね。
どこか東方の島国で、『夢買い長者』という話があるそうだ。
その異国では『夢』は売り買いできるものだそうだ。
とても信じるに値しないと君は笑うかもしれないが、
「財宝がある」という夢を買った者が、夢の通りに行けば、
そこに本当に「財宝」があったという。
あぁ、私だって作り話だと思うが。
だが、いいと思うのだよ。
それでも、こんな話ぐらい無邪気に信じてみてもいいのではないか。
馬鹿みたいに単純に信じてもいいのではないかい。
君の「夢」を買おう。
全ての悪夢を買うよ。
君が眠りの中でその胸を痛めることのないように。
出来るならば、優しく暖かな夢だけを。
たとえ、現実が辛くても、
その違いに打ちひしがれても。
泣き出す前には私がいるよ。
見えないようにこの腕で抱いてあげる。
気付かないふりだって上手いんだ。
眠ったままの君の髪を撫でる。
さらりさらりと掴むことができず、
指の間から零れ落ちていくけれど。
キシリと鳴るその腕と足。
夏は体温を上昇させて、冬には体温を奪うそれ。
その重みが君にどんな痛みをもたらしているのだろう。
決して辛いと言えない君、
言わない君が、
ふと思い出したようにこうして尋ねてくる。
ずれてしまった布団を肩まで引き上げて、
恋人の肩を抱き寄せるようにする。
ふかふかとした布団が2人を包んで、とても暖かい。