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鋼の砦 14 | ![]() |
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自分を決して出してはいけない
ここは自分が通る通過点にしか過ぎないのだから
中佐だった男は大佐になっていて、
自分を勧誘してきた激しさをどうやって内に隠しているか
嘘っぽい笑顔を向けてきた。
どうやって場を和ませようかと気を使う
一番若いように見える曹長
知らない顔をしているようで、よく話を聞いている
准尉
一度怒れば、その大きな体を揺らして怒るのに
最後の一歩は踏み止まる
少尉
何かと世話を焼き、その度に嫌味をいったのに
ひょうひょうとタバコを燻らす
少尉
男の傍で忠実に、それでも確かな信念を持っているのだろう
中尉
子どもの頃
誰かに嫌われることは辛かった。
それは、母さんが悲しむことだったし、
自分の弟までもそんな目で見られたくはなかったから。
自分も辛かったから。
でも、嫌われなければならないと思う。
これから進むこの道は、
きっと誰の手も借りてはならないものだから。
禁忌を犯した代償を
禁忌で取り戻そうとしているのだから。
大佐が部下を紹介した時
何故だか、知った人ではないはずなのに
軍人の癖にどうも気さくな者ばかりで、
そして、暖かい空気があった。
どんな基準で部下を選んでいるんだよと、
そう言ってやりたかったが、
ここは自分には暖かすぎると思った。
だから、嫌われなくてはならない。
きっと母さんは悲しむけれど、
このまま進むことなど許されることではない。
弟もそんな目で見られるかも知れないけれど、
決して軍には関わらせずに
自分が守って見せるから。
眠りについたのは、すでに消灯だと定められたその時刻を
越えていたと思う。
その消灯は、書庫にこもりっきりになる自分に対して、
大佐が勝手に決めてしまったもので、
軍の規則でも何でもないが、守らなければ閲覧の禁止が決められていた。
その書庫の閲覧と等価交換として言われた
暗号の解読。
それほど難しいものだとは思わなかったが、
驚いたのは
大佐の知識の豊富さ。
もちろん、国家錬金術師の地位を持っているのだし、
そのくらい出来て当たり前だと言われてしまえばそれまでだけれど、
正直、驚いた。
驚いたというよりも、納得したという方が正しいのかも知れない。
次々と飛び交う文献の所在や解読方法に
淀みなく答えてくるあたり、さすがなもので。
こんな風に、知識を共有している関係は
どこか心地よいと感じた。
あぁ、アルといた頃と同じなのか。
小学校でも家でも、
こんな話を出来るのは、アルしかいなかった。
難しい話をしているという実感が無かった幼い頃は、
誰にでも聞いてみたが、それに答えられる者はいなかった。
弟を除いては。
大佐のように的確に、事務的に答えるような声ではなかったけれど、
それでも、ここには居ない弟を感じてしまったから、
感じてはいけない、郷愁が満ちていくのが分かった。
「エドワード。後は私たちが片付けるから、君はもう休みなさい。
随分助かった、礼を言うよ。」
等価交換だと言いながら、そんな言葉を言うことに
どこか他人行儀さを感じたが、
それは当然なことで、彼は家族ではない。
これから上司になるであろう軍人なのだ。
アルと重ねるなどと、馬鹿げている自分に苦笑が浮かぶ。
そんな顔を見られたくは無くて、体を一伸びさせて
「・・・じゃあ、お疲れさん」
とだけ言って、その場から離れた。
向かった先は、薄暗い仮眠室で、
いつもなら何人かいるから、空くのを待つのだが
今は忙しい時なのだろう、利用しているものは居なかった。
早々に毛布に包まって、
眠ろうとする。
文献で疲れた眼を少し擦って、
小さく息を吐くと、瞼が段々と重くなり
睡魔が自分に降りてきたことを知る。
心地よい眠り入りに比べて、
夢見は最悪だった。
血まみれの母親に
どうしてと責められた。
自分の罪を忘れるなと言わんばかりのその夢は
母の慟哭のように思えて苦しかった。
この夢を見るようになって、
自分が酷く魘されているのだと知った。
それは、いつもは眠れなくても夜中中静かに自分の隣に座っている
アルがこの夢の時は、必ず起こすからだった。
「大丈夫?」
と、自分を起こすから。
見たくない夢だとしても、見られない弟に起こされるから。
自分の罪の重さを
更に知る。
ごめんな。
お前が見れない夢で、
その夢の中で母さんに責められている。
その全てが罪の代償。
お前に体を取り戻してやるから。
夢を見られる体を取り戻してやるから。
そして、悪夢を見たというなら、
俺がその夢から起こしてやるから。
待ってろ。必ずだから。
同じように、悪夢を見た。
同じように、起こされた。
肩を揺する手は、今までとはすこし乱暴だったけれど。
「大丈夫」という声は、必死だったけれど。
居るはずの無い金の髪が飛びこんできたけれど。
魘された俺を起こすのは、
いつだってアルだったから。
冷たい鎧の指が、
暖かい人の体温を持っていて。
くすんだ鉄の色を捉えた瞳が、
金色の髪を捉えていて。
許された訳じゃないのに。
何と都合の良い思い違いをしたのだろうか。
まだ、何も始まっていないのに。
どうして、お前を取り戻せたなどと思ったのだろうか。
焦る少尉の顔で冷静になった。
自分の愚かさ加減に本当に呆れる。
大佐の声がして、大佐の存在に気付いた。
そこまで気付けなかった自分は、どれほど滑稽に映ったのか。
失った人と、取り戻したものを知っている大佐に
自分はどう映ったのか。
部下を弟と間違えて、取り乱す自分を見て、
哀れんだだろうか。
同情したのだろうか。
冷たく閉められたその扉の向こうで。
彼がどんな顔をしたのか、自分は知りたいとそう思った。