眠れなくなった神経に、夜が明けるまでの時間はひどく長く感じられた。
どうして、よりにもよって大佐と少尉に見られたのか。
被っていた仮面を無理やりに剥がされる感覚
お前は、弱いのだと、そう曝け出される感覚
キシリと肩が鳴るので、
自分が肩を強く抱きしめているのに気付いた。
この機械鎧を着けなければならなかった訳を
取り戻さなければならないその存在を
自分が犯した罪の数々を
忘れてはいけない
忘れるはずもない
這い出したベッドから向かった先は書庫。
恒例となった朝からの閲覧許可のためにカギは執務室ではなく、
警備兵に預けられていた。
面倒くさいと思っていたが、それでも今はありがたい。
昨日の気まずさはまだあるし、朝から顔を会わせずに済むのだから。
重く感じるその体を書庫の椅子に預けると、
腹がキリリと鈍い痛みを訴えた。
(?何か変なものでも・・・食べたっけ?)
思いつくのは、昨日のこと。
ほとんど缶詰状態で解読に当たっていたが、それでもと
中尉はサンドウィッチなど片手でつまめるようなものをいろいろと
差し入れてくれていた。
だから、何も食べていないという訳ではない。
しかし、それらに何か悪いものがあったとも思えない。
取り戻さないとならないものは、多くあるというのに、
自分の体はそれさえも拒むというのだろうか。
(・・・何なんだよ・・・)
自分の思考が落ち込んでいると理解している。
何をしても頭に入らないなんて、そうそうあることではない。
自分の集中力についてはそれなりに理解している。
それに自信もあった。
物事は嫌な方向に重なるもので、
夜のあの慟哭を聞かれ、自分はどうも戸惑っている。
そんなことなど関係ないとどうして平然としていられないのか。
このまま、弱さを表せば守ってもらえるとでも言うのか
馬鹿馬鹿しい。
腹の痛みに気付かない振りをして、取りあえず書物を手繰る。
取り戻して、今までの憮然と振舞う自分自身を。
ここで、止まることなど許されてはいないのだから。
ギィーと音を立てて、扉が開かれたことも知っている。
いつもなら気付きもしなかっただろうけれど。
昼だと呼びかける少尉に気付くことで、
自分の不甲斐なさに気付かされる。
本を閉じれば驚いた顔をされ、体調の悪さを指摘される。
あぁ、もう本当に。
自分は何をしたいのか。
こんな風に弱さを見せても、抱き寄せる母はすでにいない。
自分が二度も死なせてしまったのに。
そんな自分が嫌になって、崩された虚勢を再び張る。
キッと相手を見据えて、何も言うなとその目を見る。
しかし、ため息すら吐かんという顔を向けられ、
自分の虚勢は見事に失敗しているのだろう。
さらには、アルすら持ち出された。
罪を見ろと言っているようなものなのに、
休めという少尉が酷く傲慢で、そして突き放しているように感じる。
手を差し入れられて、抱きかかえられそうになるので、
抵抗する。
このまま、どこかに連れて行かれて、子どものように庇護されるのは
自分のこれからを否定されるようなもの。
「っ何すんだよ!」
暴れて、その腕から抜け出そうとしていたら、
鈍い痛みが腹から突き上げた。
瞬間にドロリとした感触が下肢に感じられて
不快感で顔を顰める。
何がどうなっているのか分からないままに、
「怪我をしているのか」と問うてくる少尉。
その顔は、焦りのもので、逆に自分を冷静にした。
自分から匂うのは、
「血」
の匂い。
そして、自分は腹の痛みを知っている。
結論は、急ぐ間もなく、自分に答えを示した。
人体練成を志した時から、
人体についてのメカニズムは知っていた。
女性は子を宿す為に、月経を繰り返す。
血の穢れを毎月。
どんなに偽ろうと、自分は確かに女で、
それが今なのか。
物事は、本当に嫌な方向に重なるものだ。
「血」の正体を傷だと思い、
それを確かめようとする少尉をどうにか止めようとしたが、
さすがに軍人。
押さえつけられ、その恐怖というより
見られてはならないという必死さがあった。
自分が女だと気付かれれば、どうなるのだろうか。
それがただ恐かった。
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鋼の砦 16 | ![]() |
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