「どうしたそんなところで、寒さに震えるくらいならば部屋に入ったらどうなんだね」
廊下を歩いていれば、外のベンチに腰を据えている少女に気が付いた。
カチカチと小さく金属の音がするのは寒さによる振るえのため身につけている機械鎧が擦れているのだろう。
声のままにこちらを振り向いた少女はキッと睨みつけるようにする。
「いい・・・ここで待ってるから」
誰をと聞くまでもない。彼女が「待っている」などと言い示す相手などあの弟以外にはありえない。
「・・・・弟くんはこの寒さに気がつかないのだろうね。
そんな言葉を律儀に守っていれば、肉体を持つ君などすぐに風邪をひいてしまうよ」
鎧に魂だけを定着させている異質な存在は、眠る事も食べる事も必要なく、外の気温など感じることもできない。
身体を冷やす事が害になると知っているだろうに、彼女はただその冷えていくベンチの上で弟を待つ。
なんて盲目なのだろう。
言ってしまえばいいのだ「ここでは待てない」と。
弟に気付く事のできない気温の変化を理由にして、「ここは寒いのだから」と言ってしまえばいい。
「君はそうやって、ずっと弟ができない、感じられないことから必死に守りながら、
そうしてポロポロになっていくつもりかね」
それがどれだけ弟を傷つける事なのか考えもしないで。
自分が知らなかった、気付けなかった事でボロボロに成った姿を見せられることが
どれ程相手を傷つけることになるのか、それをこの少女は気付いていない。
この子が「少女」だと気付いていれば、自分はこの子に痛々しいまでの機械鎧を勧めなかった。
この子が「少女」だと気付いていれば、自分はこの子に国家錬金術師に成れなどと言わなかった。
気付いた時には全てが遅く、自分の言葉と行いに打ちのめされた。
どうにかその過ちを消し去ろうと「帰りなさい」と示したところで、彼女の帰る場所など「ない」だと。
その浅はかな物言いでさらに彼女を危険な目に合わせた。
もしも、彼女の傍に彼女が本音で何かを言い、それを受け止めることのできる者がいるのならば。
或いはその負の循環はメビウスの輪から解き放たれて、
彼女の望む未来に辿り着くことができるのではないだろうか。
「いいんだ。あんたにどうこう言われるいわれは無い。
あいつが感じられないなら俺が感じてやればいい・・・ただ、それだけの事だ」
カタカタと細かな金属音がする中で、少女はぎゅっと自分の肩を抱いた。
機械鎧と生身の接点であろう右肩の辺りを血の通う左手で、小さな肩がさらに小さくなるようにして抱き込む。
小さな小さな存在が、どれほど大きなものに手を伸ばしているのだろう。
なんと頼りなく、なんと無謀な事だろう。けれど、それをあざ笑う事はもう出来ない。
子ども達には大人が必要だ。
・・・ずる賢く、不遜に笑い、すべての敵に臆する事無く進むためには、支えとなる大きな土台が必要なのだ。
真綿に包まれ、安心のうちに眠りが訪れるように、すべてを許し信じられる存在が必要なのだ。
その大元となるのは親の親愛であり、彼女らが欲して止まなかった「母親」という存在なのだろうけれど、
許されるならば、その存在に近づくことができればと願う。
「帰る場所」になれたらと思う。
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鋼の砦 33 | ![]() |
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