人はみんな離れていくの。

 

そんなことは知っていた。

 

 

 

 

 

私は、もうどうしていいのか分からない。

 

 

 

拒絶されて前に進むことができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 鳥は籠から飛び立てない ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて誰かを失ったのは、ずっと昔。

 

 

大声で笑いあったことも無かったけれど、

薄暗い書斎から覗く後姿をずっと眺めていた。

「お父さんの邪魔をしては駄目よ」と、口に人差し指をあてた母さんが

声をひそめてそう言った。

 

 

 

母さんが何故あんな自分にも、きっと母さんにも関心を向けていなかったあの人を

ずっと愛していたのだろうと疑問だったけれど。

 

人は愛されるから人を愛すのだと。

けれど、それだけでは括りきれない感情もあるのだと、今なら分かる。

 

 

 

込み上げるこの情感を押さえられない。

 

 

 

母さんは最後まで父さんのことを信じていて。

「仕方ない人ね」と笑って。

その顔はとても寂しそうだった。

 

 

大切な人が自分の元を去って。

その人との間にもうけた子どもと暮らす日々は、

母さんにとってどんなものだったのだろう。

 

 

父さんと同じ錬金術を、子どもが見せた時の、

母さんはどんな気分だっただろう。

 

 

 

 

「どんな恋をするのかしら」

 

いつも母さんは髪を梳かしてくれながら、そんな事を言っていた。

おてんばだから心配だわ。とか、今日も足を擦りむいてとか言った後に、

必ずそんな事を言う。

 

 

「いつか必ず素敵な人と出会えるわ。

 ・・・・・少しだけ寂しいけれど、エドはいつも私のお姫さまに変りはないものね」

 

 

 

ごめんね母さん。

 

 

 

いつも悪い子でごめん。

母さんの死を受け入れられなくて、あんな事して。

いっぱい、いっぱい傷つけてごめん。

 

 

「お姉ちゃんがいてくれて安心だわ」

 

 

ごめんなさい。

ごめんなさい。

 

いいお姉ちゃんでなくて、ごめんなさい。

 

 

アルに痛い思いをさせてしまって。

ずっとずっと怖い思いをさせている。

 

 

 

 

 

そんな私が。

とても醜くて、罪に汚れた私が恋をしたの。

 

 

おかしいけれど。

 

 

母さんの気持ちが少しだけ分かりました。

 

 

 

 

振り向いてなんてくれなくて、

それでも心は揺れた。

 

こんな私をきっと唯一対等に扱ってくれた人。

 

 

可哀相な子どもとしてではなくて。

 

 

1人の人間として、

禁忌を犯した私をしかってくれた人。

 

 

 

 

とても綺麗な瞳をしている人。

黒い色は絶望の色ではなくて、深い全てを包む夜の色をしている。

同色の髪はサラサラとしていて、年よりずっと若く見えてしまうの。

 

サボってばかりいる仕事も、それが周りの空気作りだったり。

気にしていない振りをして、何となしに言った文献を準備してくれたりして。

だって皆があの人を信頼している事なんて、

あの場に居れば伝わってくるもの。

 

 

 

 

すごく・・・すごく、暖かいの。

 

 

「ただいま」なんて、言ってはいけないと思うのに。

言ってしまいたくなるの。

 

 

あの場所に「帰れたらいい」なんて。

そう思ってしまったの。

 

 

 

 

 

嘘をついている事が。

こんなに重くなるなんて思ってもみなかった。

 

それでも私には旅が必要で、

この「国家錬金術師」の資格が必要だった。

 

 

 

「女」だなんて、分かったら。

知られてしまったら。

 

 

もう偽ることなんて出来ない。

 

 

 

ねぇ、見てよ。

 

私、男なんかじゃない。

ずっとずっと好きだった。

 

女好きで、いい加減で、大人なのに子どもと張り合うし、

上司なのに部下にいいように扱われる。

 

雨の日は無能だし、コーヒーの苦いのは苦手だし、机の中にはおやつが入ってたりするし、

中尉の犬に芸を教えようと必死だし、怪談話が以外に苦手だし、

年の割りに童顔で、いつも威厳がないって言ってるし。

 

 

あぁなのに。

 

そんなあんたなのに。

 

好きで堪らない。

 

 

 

雨の日に見上げた先に傘を開いてくれるような、

暗闇から問答無用で引き上げてくれるような、

望んでしまう自分が嫌になるけれど、

 

それでも。

 

 

 

手の平が痛くなる。

胸が苦しい。

 

 

 

 

これが恋だというのなら。

 

 

 

私は確かにあの人に恋をしている。

 

 

 

 

ずっとずっとそんな恋をしていた。

 

 

 

 

たとえ、誰かのものになってしまったと知っても。

 

 

 

 

だから、ごめんなさい。

母さん。

 

 

 

私、もう。

私もう・・・・ごめんなさい。

 

 

前の光景を見たくない。

 

 

だって胸が潰れてしまうもの。

この瞳が見えなくなってしまえばいいのに。

 

 

 

 

女に産んでくれたのに。

せっかく人を愛することを教えてくれたのに。

ロイエド子