「これはっ!!!」
朝の新聞を握り締めたままで、突然夫が声をあげた。
穏やかな一日の始まりに、白いテーブルクロス、
大き目のマグカップに温かい飲み物。(夫はコーヒーで自分は紅茶)
ボウルの中には新鮮なサラダ。
プレートの中には目玉焼きとソーセージ。
ゆでたジャガイモ。
左手には焼きたてのトーストがあって、
熱いうちにバターを溶かす。右手にはバターナイフ。
バターを付け終わったトーストをロイの皿に置く。
続けて2枚目に手を伸ばしながら、言葉の先を促す。
「何?」
対して興味は無かった。
余程大事な事こそ黙っていようとするらしいロイの性格は、
どうでもいい事ほど大げさに話すらしかった。
「大問題だっエディ!!」
「だから、何?」
こちらとしては、トーストのふちにきれいにバターが塗れる事の方がよっぽど問題。
サクリと音を立てそうな程の焼き色に満足したのだから、
こちらも完璧に仕上げたい。
ふう。と一仕事終えた満足感に浸る間もなく、
新聞の記事を目の前に開かれた。
カサリという音と共に、インクの香りが鼻をかすめる。
片手で支えているからなのか、真ん中で二つに折れてしまった新聞は
とても読み辛かった。
くにゃりと曲がって、あと少しという所で自慢のトーストに被さってしまう様で、
慌てて、その端を掴む。
ここだよと言わんばかりに、ロイが指し示したその記事には、
数字が並んでいる。
「合計特殊出生率?」
「あぁ、そうだ!!なんと言うことか!!!1.32になるなんて!!!」
もう悲劇だぁぁと叫びそうな様子で、頭をワザとらしく抱えている。
朝から無駄に元気だなぁと思ってみるが、
合計特殊出生率についての基礎知識を頭の奥で検索しているあたり、
知識ばかりを求めていた昔の癖が抜けていないようだ。
確か、女性が一生に産む子どもの割合だったっけ?
1.32ということは、女性が一生に約1人の子どもを産んでいるということ。
「それがどうかしたのか?」
「どうかしたかだって?!!」
あぁ、こいつ、仕事さぼる気だ。
朝からこんなにハイテンションな時は決まって仕事に行く時間が遅れる。
そして、司令部から呼び出しがかかったり、
ハボックが車で迎えに来たり、
某副官の愛銃が火を吹いたりするのだ。
はぁ、とため息をついて見るも、オーバーアクションはそのまま続けられている。
「このままでは私が国のトップになるまでに、この国は崩壊してしまう!!」
どうしてそこまで話が飛躍するのか理解できないが、
取り合えずその言い分を聞いてみよう。
「どういう事だよ」
「合計特殊出生率が2以下になると言うことはどういうことだね」
途端に先生っぽい口調になっている事はさり気なく無視して、
自分もそれに答えてやる。
「人口が減るんだろ?」
両親は2人。
世代ごとに同じ人員を確保するならば、子どもも2人必要となる。
2人の両親から1人の子どもでは、次の世代を担う人員が減少するという訳だ。
「そうだよ、エディ!つまり、人口の減少を食い止める。
または、増加を目指すならば、夫婦に3人の子どもが望ましいということだ!!」
確かに再生産人口を考えれば、このまま行けば人口の減少が起きることは明らか。
夫婦一組に対して2人の子どもでは維持に留まるだけで、
増加にはならない。
でも、これは合計特殊出生率の話。
「それで?」
「今、この国の危機を救えるのは・・・・」
「救えるのは?」
「私たちだ!!」
「は?」
勢いよく立ち上がり、自分の腕を掴み取る。
「さぁ!!子作りに励もう、マイハニー!!」
「朝からっ何サカってやがるかぁぁ!!」
バコッ
横抱きにしようとする夫の手を力いっぱい殴ってみる。
機械鎧を付けていた時よりも力は半減するものの、
まぁ、抵抗程度にはなるだろう。
「大体、有配偶者出生率はそんなに減少していないだろうが!!
国の今後を考えるなら、晩婚化やら未婚の増加をどうにかしやがれっ!!」
合計特殊出生率とは、女性が15歳〜49歳に産んだ子どもの割合である。
その為に、結婚しているかどうかは問われていないのだ。
その点、有配偶者出生率とは、結婚している夫婦にどのくらい子どもが居るかの割合で、
それは、あまり減少してはいない。
問題になっているのは、国の制度そのもの。
子どもを産みやすい環境かどうかなのだ。
それに関して言えば、
旦那が高給取りなマスタング家は子どもの養育費には全くと言っていい程心配がない。
まぁ、安心して子どもをどうぞ産んでくださいな家庭環境な訳だが、
もう少しだけ、2人で生活してみたいとも思う。
殴られたままに、いじけている夫を横目に見る。
少しだけため息をついて、浮上させる努力をしなければならない。
お皿の上から焼けたトーストを手に取る。
「ロイっあ〜ん」
少しだけ冷めてしまった自慢のトーストをパリッと千切って、
殴られて沈んでしまった夫の口元に近づける。
餌付けされるかのように、目の前にあるパンをパクリと頬張る夫に、
「おいしい?」と言えば、コクリと頷く。
今は、貴方の傍で、貴方にしてあげたい事がたくさんあるの。
出会えるのはまだ先の話。
でも、確実にその準備は整っていく。
今は、まだ2人っきりの新婚生活を楽しみましょう旦那さま。