君の 傍に帰るよ。
その為に、いま自分は立っている。
たとえ夜空が紅く染まってしまったとしても、
その先に君の色を知る。
たとえ夜が暗黒に示されていたとしても、
その中に君の色を知る。
それだけで、この狂気の渦。
自我を保っていられる。
大丈夫だよ、君の 傍に帰る。
繋がる空の色
「もぅ・・・・二ヶ月っスか」
荒れた地面に直接座り込み、折れ曲がった煙草を咥えているハボック。
額に巻かれた包帯は、3日前の銃撃戦の時のもの。
決して衛生状態がいいとは言えない状況で、それでも傷の保護を。
「そうだな・・・二ヶ月だ」
間違えるはずは無かった。
昨夜も手帳と頭上の星を数えてその時間の経過を量ったところだ。
愛しい者と離れた月日を。
色を深めた蒼い軍服は、こんな潜伏戦ではまったく逆効果だろうに。
まるで的にしてくださいと言わんばかりだ。
一面に焼けた砂の色とむき出しの岩ばかりの場所で、
鮮やかな蒼がゆらゆらと揺れている。
『パパの色はお空の色だね』
優しい声が聞こえる。
堪らずに、「帰りたい」と思ってしまう場所。
この黒い髪と黒い瞳。
それは夜の空の色。
そして纏う服の色は蒼。
それは昼の空の色。
愛しく可愛い娘たちは、私の色を空の色と言っていた。
あぁ、お前たちが生涯こんな空の色を知らなければいい。
戦場の空はとてもとても優しく見えて、
次の瞬間には尖った刃のように酷い情景を与える。
黒く粉塵が上がったり、血の雨によって真っ赤に。
「心配っスね・・・いろいろと」
「あぁ、取りあえず上の者は援軍を送る気はないらしい」
げぇっと非難の声を上げたハボックを乾いた笑いで見る。
一週間程前からずっと連絡に「応援を」と述べていた。
もちろん援軍だけではなく、物資の支給も含めて。
水に食料、清潔な医療器具。
生きて行く為、生きて帰る為の必需品をと。
「あぁ・・・・嫌われ者の上司を持った俺って可哀相だと思いませんか」
「とにかく、お前のような部下を持った私よりはマシだろう」
非常がありふれたこの場所で、
長年の部下が傍に居た事は、自分にとって幸いであった。
地位ばかりが高く、何一つできない者が傍にいるよりもどれほど有力であろうか。
軍務においても、補佐としての働きにおいても。
そして、何より、自分を狂気から遠ざけてくれていた。
ともすれば、まるで仮想現実のような現実にいて。
夢に現れては消えてしまう愛しい存在に縋ってしまうような。
それを「あんたは帰るんだろう」と示してくれる部下の存在は、酷く有り難い。
「ハボック・・・帰ったら何がしたい?」
「ふわふわのぬいぐるみでも抱きしめて、柔らかな布団で寝てたいっス」
可愛くもないくせに、腕で何かを抱きしめた様子をして、
くぅと寝息を立てる真似をした。
「寝起きには、暖かい野菜とベーコンのスープとか、
スクランブルエッグとカリリと焼かれたトースト・・・新鮮なフルーツがあって。
『召し上がれ』と白いエプロンの彼女がいるんっスよ」
「それは・・・・まず彼女から見つけなければな」と思ったけれど、
こんな戦場の上の幻想くらい許してやろうかとも思った。
「・・・・・いい計画だ」
「・・・・・そうっスよね」
ドンと銃撃が遠く始まる音がする。
ビリビリと空気が戦慄き、騒がしさは蜂の巣をつついたように広がっていく。
もうしばらく、ゆっくりと語り合う時間ぐらいくれればいいものを。
よいしょと地面から立ち上がり、汚れたズボンをパンパンと払う。
手には銃を確かめて、カチャリと中の銃弾の確認。
「ハボック・・・帰ったら、家に招待してやろう。
娘のぬいぐるみはたくさんあるぞ。頼んで貸してもらえ」
「あっと・・・なら、お姫さん抱っこして寝させてくださいよ」
ぎゅっと貼り付けるようにしたサラマンダーの練成陣を見せながら、
「お前が自殺希望者だとは思わなかった」とため息を溢せば。
「っていうか、敵より先に見方に発火布を示さんでください」と焦った声が響く。
もうすぐだ。
きっと 帰るから。
ありふれた日常に 帰るから。
その優しい場所に。
「さぁ・・・・行くぞ」
「イエッサー」