「・・・・私は何かしたのだろうか」
上司が一言。
目の前の書類にサラサラとサインをしながら、
ぽつりと溢した。
それをこちらに伝える気があったのか、
本当にただの独り言だったのかは定かではないが、
本当にぽつりと。
上司であるロイ・マスタング大佐が、
政略結婚だったとしても婚姻を結んだのは昨日のこと。
もうすぐ昇進して、役職は准将になる。
■ 嘘つきがここに居た。■
昨日の結婚式は軍の関係者を含めて大規模なもので、
美しい花嫁と若き出世頭の花婿を多くの人が祝福した。
落ち着いた色のイブニングドレスを着て、
それでも警備の為に銃は手放さず。
銀色縁のハンドバッグと真珠のネックレスをつけた。
薄い口紅を引くと、以前、こうしてキレイなピンク色の紅を使った時のことを思い出した。
『いいって・・・俺になんて似合わないもん』
『あらっとてもよく似合うわ。若い人にはやっぱりこれくらい可愛い色がいいわね』
まるで小さな妹が出来たかのようだった。
まさか、少年だと思っていた子が、
もしかしたら、少女かも知れないと思ったときは驚いた。
それでも、型の付かない細い金色の髪と、
機械鎧を紅いフード付きのコートで真夏でも隠そうとするその姿に、
もしかしたらと思った。
決定的だったのは、月に一度ひどく体調を崩す事と、その香り。
そんな小さな体で。
何もかも包み込んで。
傷だらけで。
どんなに辛いのだろうと思う。
自分の犯したことで、母が死に、弟を失い、
不完全な形で自分のもとに止めてしまったということが。
小さな少女が性別を偽り、
こうして大人の中で不適に笑う。
『エドワード君・・・・可愛いわ。本当に』
『・・・・・うぅ』
『私の前では女の子でいていいのよ?』
『・・・・・・ありがとう』
その時。
年相応の少女の顔をして、
照れて笑った彼女は本当に可愛らしかった。
薄いピンク色の唇。
肩に伸ばした細い金色の髪。
色白のきれいな肌。
いつだって、上司と憎まれ口の応酬で。
時には、力量を試して拳を交えたりもしていた。
そんな彼女がふと見せたその目線。
彼の蒼い軍服の背中を射抜いたその瞳。
少しだけ感情の揺れを交えて、それは如実に物語っていた。
幼い少女の。
拙い想いの告げ方。
こちらの胸が痛くなるかのように、
彼女はその空間だけでほぅと息を付いていた。
喉から出そうになる言葉を、
必死に止めているようだった。
背中に鎧の弟。
両肩に罪の後悔と懺悔を乗せて。
空を切るかのような毎日の繰り返しで。
そうして見つけた恋だろうに。
全てを知らせてあげたい。
それを貴女は望まないのだろうけれど。
この目の前で書類にサラサラとサインを書いている1人の男に。
貴方は本当に見る目がないと。
何故貴方が、『私の話に付き合える女性がいてね』なんて言うのか。
『まぁ、鋼の程ではないにしてもね』なんて。
紅いコートを目で追って。
金色の髪に後ろを振り返る。
カシャリと金属の音に反応する。
大佐。
報告があります。
エドワード・エルリックは女性です。
禁忌を犯した、とても愛しい少女です。
貴方が頭から追い払おうとした。
ただ1人愛していただろうその人です。
お分かりにならないのですか?