まるいお月様
ぴかぴかのお星様
どうかママを照らしてください。
パパがいなくてママが泣いちゃうから。
【私のパパ】
「どうしてパパがいないの?」って保育園で一番仲良しのミリィが聞いた。
そしたら、保育園の先生もお迎えに来ていたミリィのママもとても慌てた様子で、
ミリィをまるで奪い去るように私から遠ざけた。
頭を下げる先生やミリィのママに、私を迎えに来ていたママは苦笑いを浮かべるだけだった。
私は「あぁまたか」と思って、目をぱちくりさせているミリィをぼんやりと見ていた。
私のパパは私が生まれる前に死んでしまっていて、
私は1度も抱き上げられたこともなくて、もちろん声も聞いたことが1度もない。
・・・もしかしたら生まれる前にママのお腹の中で聞いているのかも知れないけれど、
(ママが見せてくれたお腹の赤ちゃんの会話が出来るのだというホースみたいな玩具で、
パパはお腹の中の私とお話していたんだよとママは言っていた)
そんな記憶は残っていなかった。記憶にあったとしても確認するためのパパの声が分からない。
パパはえらい軍人さんで、この街では知らない人のほうが少なかったのだという。
だから、私のパパが何故いないのかなんて事、大人は大体知っているのだ。
ママは私に隠さずに何でも教えてくれた。
ママの話は少し難しくて、意味の分からない言葉も多かったけれど、
誤魔化したりする事はなくて、「大きくなって分かればいいことだからね」と言って、
それでもゆっくりと何度も聞けば答えてくれた。
「どうしてパパがいないの?」なんて、聞けばママはきっと答えてくれるんだけど。
でもきっとすごく痛そうな顔をする。
私がすべり台でこけて足を擦りむいてしまうよりもずっと痛そうな顔をする。
私はママのそんな顔が好きではない。
私は何度かパパの眠っている場所というところに言ったことがある。
先生に聞いたから知っているけれど、それはお墓っていうところ。
綺麗ないい匂いのするお花と水差しと写真を持ってその場所にママと2人で行く。
電車を乗り継いで、時には違うお部屋に泊まったりして、
広い海が見えるその場所までゆっくりゆっくり歩いていく。
パパは遠い東の場所で死んでしまって、
それは「戦争」だったんだけど、パパは行かなきゃいけなくて、
そうして1人で死んでしまって。
読めるようになったばかりの文字で石にある名前は「ロイ・マスタング」
パパの名前。
その石の文字をママはゆっくりとなぞって、遠くの海の先を眺めるの。
その方向がパパが行かなきゃならなかった「東の戦場」なんだ。
時々、「パパがいたらいいな」って思うことがある。
それはびゅうびゅう風の吹く嵐の夜だったり、
光りに溢れているクリスマスの市場を歩く時だったり、
ママがほぅと深い息を吐く時だったりする。
私はパパと1度も街を歩いた事がないから、
肩車をしてもらって高い場所から街を眺めたことがないの。
だってこれはママに頼めないことだから。
ママに言ったら、きっと誰かに頼んで肩車してくれる人を見つけてくれるんだろうけれど、
・・・・上手く言えないけれどそれは嫌。
それはどこか違うんだと思う。
でも、パパは何も私に残してくれなかったわけじゃない。
ピコピコと歩くたびに音がするお気に入りのサンダルは、
生まれる前にパパが買ってくれたもの。
もう小さくなって履けなくなったけど、ママは箱に大切にしまってくれている。
パパのお友達はみんな優しくて暖かい人で、
おっきなぬいぐるみや出来立てのパイを持って遊びに来てくれる。
そして、パパの話をたくさん聞かせてくれる。
でも、一番嬉しいのは、ママがいること。
パパはママが大好きだって。
それは私が聞かなくてもみんなが教えてくれることだった。
ママもずっとパパが好きなんだって。
だから、私・・・ちょっと怖かった。
だって、パパがママを連れて行ったらどうしようって。
私は大好きなママが居なくなったら、きっと悲しくて悲しくて。
どうにかして取り戻したいって思うから。
だから、パパがママを連れて行かなくて、
私とママをずっと一緒にいさせてくれて本当にありがとうって思う。
明日はママと一緒に写真を撮るの。
新しいコートをつくってもらったから、その写真を撮ってパパのお墓に持っていくんだって。