明日あの山に登ろう。

 

 

 

ずらりと並んだ駅長の顔。

黒い揃いの服に帽子。首には笛をぶら下げて。

北の端から南の山奥。

凍った大地も花咲く丘も、しんと静まった湖畔の駅にも。

同じような顔があったようにぼんやりと思う。

 

 

車なんて便利なものは普及していないし、免許を取るには年齢が必要。

国家錬金術師なんて資格は持ってはいるけれど、それに年齢制限はなかったようだ。

旅には足が必要で、それは機械鎧でも鎧でも構わないのだけれど、

遠くまで行くために列車を使うことが大半であった。

 

 

どんな規定で選ばれるのか知らない駅長という人たちが、

今日も新たな旅人や故郷に帰ってきた人たちを迎えている。

自分の村の駅長もとてもいい人であり、

帰るたびに「おかえり」と最初に言ってくれる人でもあった。

 

まったく知らない人と言っていい旅先の駅長にさえ、好感が持てるのは、

「駅長」という職に好感を持っているからだろう。

 

 

駅の改札は古めかしい木造で、黒く朽ちている箇所も見かけられた。

無人駅では無いにしても職員は少ないようで、荷物を下ろすために2人、

改札口に1人(この人が駅長であるのだが)が総勢のようだ。

荷物も遅く運び込まれた新聞であったり、商店から依頼された品物であったりで、

乗客の荷物というものではないようだ。

 

乗客というのも、自分たち兄弟を覗けば多くが顔見知りなのだろう、

ずらずら(といっても3人程度)と降りてきた乗客は、手元の切符を軽い挨拶と共に渡していた。

別に待っていたわけではないけれど、なんとなく流れで一番最後に駅長の前に立ち、

「切符をどうぞ」とひどくのんびりした声を受けた。

 

切符を差し出して確認の判を押してから、がま口の財布の中にしまう駅長の手をずっと見ていた。

しわが寄った太い指は、働いている人の手だと思う。

そしてとても暖かそうだ。

 

 

同じ制服を着ている人種であるのに、あの集団に属する人々とこうも違うものか。

 

 

制服といっても片方は、空の青にも似た深い色の軍服であり、

まったくどういうわけかその色は清々しいまでに蒼であった。

 

いっその事この人たちのように黒い制服ならば、重々しさは伝わるだろうし、

その服に付着するであろうあの赤をきれいに隠してしまえるのだろうに。

また、雨の日の泥のはねも埃にまみれて潜伏するにも、どれだけ扱いやすいであろうか。

 

そんな黒ならば、あの手の印象も変るのではないか。

 

 

 

硬いライフルを手にした腕は引き金一つで容易く命を奪い、

鋭利な刃物を握った手は返り血を浴びながら、深く体の肉を抉る。

そして、赤いサラマンダーの描かれたあの指先で生じた焔は、

一瞬のうちに人を灰にしてしまうのだ。

 

 

 

清らかな蒼い軍服のあの集団は、心が痛くなるほどに優しい集団であるというのに、

その手で人を殺めることを「仕事」としながら過ごすこともあるという。

 

 

 

暖かな手に切符を渡した自分の手を見る。

見たばかりでは違いの無い白い手袋のそれは、硬い機械鎧の腕と生身の腕である。

どちらも等しく罪に汚れているのだろうけれど。

 

そんな事を自分が思っていると知ったら、機械鎧を作ったあの幼馴染はどう思うだろう。

「ふざけないで」と怒るだろうし、そしてまた泣くのだろう。

 

鈍く光るこの機械鎧よりも格段に血に染まっているのだろう、この生身の腕は。

命を奪ったその瞬間から存在して、その一端をこの腕で行ったのだから。

 

 

 

 

明日あの山に登ろう。

この改札から見えるちょうど正面のあの山に。

 

今は霞んでいてその山が美しい緑の山なのか、切り立った岩ばかりの山なのか判断できないけれど、

それでもあの山の頂上で腕を空に伸ばしてみよう。

 

 

 

あの穢れなど知らないとばかりに平穏を顔に貼り付けた蒼の集団たちの空に。

そうして、暖かい腕をした黒い駅長を見下ろすのだ。

 

 

自分は勘違いしてはならない。

子どもだろうと、戦場を経験していなかろうと、自分は罪人であるのだ。

蒼い烙印を押されたあの優しすぎる彼らであるかのように。

鋼の錬金術師 書架