一つの花びらを千切ってはひと言。

「好き」

次の花びらを千切ってはハラリとひと言。

「嫌い」

最後の一枚に、唱える言葉の行く先は?

 

 

 

コスモス畑に映える金色がひょこひょこと頭を覗かせる。

その度に、あぁ、もう可愛いなぁと思ってしまう自分を自覚する。

コスモスは可憐な花であるのにその背丈は意外なほど大きい。

自分の妻は(言えば機嫌を損ねるのだが)小さいので、

遠くに行ってしまえば、その姿は一面に咲くコスモスで隠れてしまう。

 

「おぉい、エド」

ひょこりと見えていた金色の触角さえも見えなくなってしまったところで

その名前を呼んでみる。

 

「なぁ〜に」

ずいぶん間延びしているところからして、

聞こえるギリギリのところまで走っていってしまったのだろう。

いつまでたってもそんな様子の妻は、とても可愛らしい。

 

いつもは肉体労働という様相さながらな仕事をしているので、

休みといえども眠ってしまうことが多い。

それでも何も言わずに遅く起きた自分と一緒に食事をとる時や

ごろごろとまどろむ時間も好きなのだが、

せっかくなのでこうして近くのコスモス畑までやってきた。

 

秋風に揺れてピンクやシロの花々がサワサワと音を立てている。

体のだるさはあったけれど、

「近くだけど、コスモスでも見に行くか?」と言った自分の前で、

ぱっと顔をほころばせて「行く!!」といった時の表情が何とも言えず。

すぐに部屋着にエプロン姿だったものから、

クリーム色のワンピースと薄紅色のカーディガンに着替えて、

「準備オッケー」と自分の手を引いた。

 

列車で一駅なのに、そこには一面の色の絨毯があって、

「「わぁ〜」」と素直に重なった感嘆の声に瞳を合わせて軽く笑いあった。

 

いつも負担を掛けているのではないかと思ってしまう。

働く時間は増えるのに給料はそれに比例してくれない。

自分と一緒になって欲しいと言ったけれど、

確かに頷いてくれたけれど、

それを後悔していないだろうかと心配になる。

 

 

コスモスが揺れるあぜ道を金色を探しに進む。

太陽だったり、琥珀だったり、甘い甘い蜂蜜だったり。

彼女を形容するものはたくさんあるけれど、

そのどれを見ても自分は頬を緩めるに違いない。

愛しい人を重ね合わせることができるのだから。

 

 

少し高くなっているところに、

ちょこんと座っているその姿が見えた。

進んできた方向のままに腰を下ろしているので、自分には背を向けている。

そーっと近づけば、その手には一輪のコスモス。

 

何やら真剣な空気が伝わってくる。

 

 

 

「好き」

ハラリ

「嫌い」

ハラリ

「好き」

ハラリ

 

 

あぁ・・・これは俗に言う「花占い」と言うやつだろう。

自分の故郷でも幼い姉妹たちが同じように花弁を一枚づつ落としながら

呪文のようにそれを繰り返していた。

 

時既に、三枚目。

言葉は「好き」

 

 

賢い妻は気付いているのだろうか。

・・・コスモスの花びらは合計八枚。

 

このままでは、その最後の言葉は明白。

 

 

「嫌い」

あぁ、四枚。

「好き」

・・・五枚。

「嫌い」

っと六枚。

 

 

六枚目でエドの手は止まる。

やっと気付いたのか、七枚目の花びらを千切る前に、

「すっ」という音が聞こえた。

 

残る花びらは後二枚。

一枚を残して、「好き」と言ってしまえば、

最後の一枚で唱える言葉はその逆。

 

つまりは、「嫌い」。

 

 

 

あぁ、占いなんだけれど、なんだかヘコむ。

つまりは、エドが俺のことを「嫌い」だと占われたわけで。

 

そのまま固まってしまったエドの後ろに更に近づいて、

腰掛けるのと同時に自分の腕の中にすっぽりと抱きしめる。

 

「ひゃっ」

気付いてなかったのだろう、いきなりの行動にエドは短い声を上げて、

持っていたコスモスを手放してしまった。

 

ヒラリと落ちた二枚の花びらを持つコスモス一輪は、

秋風が攫って遠くに飛ばしてしまった。

 

いいんだ、あんな占いは。

どうぞ、遠くに飛ばしてくれ。

 

 

「あぁ」と、名残惜しそうに手を伸ばしたのはエドで、

「悪い結果は飛ばしてしまえよ」と後ろから抱きしめて耳元で囁くのは俺。

 

 

「それとも、占い通りだったのか」

 

心配はふとしたところから増殖していくもの。

「嫌い」と最後の一枚を千切ってしまえなかったのは、

それがエドの本心だったからなのだろうか。

 

 

「占い通りって・・・ジャンは嫌いなの?」

 

回された腕をキュッと握りながら小さく聞こえる声は、

自分以上に何かを不安がっているように聞こえた。

 

 

「俺が嫌い?何を?」

「私を!!」

「何でだ?」

 

そんな訳は一つもないというのに。

「普通、占いって言うのは、自分の事を相手がどう思っているかを占うの!

 そしたら、「嫌い」ってなるから・・・」

 

 

はっ?

自分の事・・・。

 

つまりは、エドが占っていたのは、エドが俺をどう思っているかではなく、

俺がエドをどう思っているか・・・。

 

・・・・・

・・・・・

 

そうか。

そうだよな・・・。

自分の気持ちでなくて、相手の気持ちだよ、占うのは。

 

 

思いっきり勘違いした事を理解している前で、

犬耳が付いていたなら、間違いなくシュンと垂れてしまっているだろう程に

落ち込んでいるエドに気付いた。

 

たかが占い。

されど占い。

 

先ほど自分が感じていた不安を妻が感じているのならば、

それは辛い。

 

 

慌てて、横で風にそよいでいるコスモスに手を伸ばす。

摘んでしまうのは勿体無いが、

夫婦の関係修復の為に致し方ない。

 

手を伸ばして体が斜めになったことで、

抱かれていたエドの体までが横に倒れこむ。

 

斜面になっているので、転げてしまわないように、

倒れこんできたエドの体を自分の足で固定して再び中心に戻す。

 

 

腕の中には大切な人。

伸ばした手には一輪のコスモス。

 

 

腕を回して、エドの目線の中心にピンクのコスモスを持っていく。

 

 

「好き」

ハラリと一枚

「嫌い」

ハラリと二枚

「好き」

ハラリと三枚

「嫌い」

ハラリと四枚

「好き」

ハラリと五枚

「嫌い」

ハラリと六枚

「・・・好き」

ハラリと七枚

 

最後の一枚を残して。

 

自分の手を一度花びらから離す。

そして、さっきよりも力を強くして回した腕を掴んでいた

エドの手を腕から離して、その手で包む。

 

エドの小さな手は、節が目立つ自分の手の中に納まってしまった。

 

指を絡ませて、

 

最後の一枚にそっと合わせる。

 

伝えたい言葉は。

 

うつむく君の耳元で、

何度だって伝えたい、自分の本心は?

 

 

 






「大好き」

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八つの花びら